タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

ちゃんとタイ古式マッサージ

時々自分で書いたブログを読み返しながら「コレは本当のことなのだろうか?」と疑問に思うことがある。だから私は毎回ご予約でタイ古式をやりながら、レッスンで生徒さんに技を手渡しながら、自分の感じていることが本当かどうかを確かめている。

先日のレッスンでは視覚タイプの私に視える風の在りかと生徒さんが探した「ここですよね!?」という場所が見事に一致し、さらに四大要素の風の本質そのものが流れる時に感じる身震いするくらいの冷たさを3人同時に受け取った。そうなるともう実技が面白くてたまらない。

「今の何?なんで?どうなってるの??」

私の手渡し作業では筋肉や骨の名称などは一切出てこない。いわゆる解剖生理学的なアプローチの話はしない。その視点で身体を見てしまうと知識や情報がジャマして風がわからなくなってしまうし、風を頭で感じ取ろうとしてしまう懸念もある。だから実践で手渡していく。口伝伝承とはそういうものだ。さらに専門的な知識を持てば持つほどそれらを捨てることが難しくなっていく。でも最初から何も持っていなければ何かを捨てる必要もない。10年以上のキャリアがある今でも「あの時のアレは本当だったのだろうか?」と思うくらい、タイ古式マッサージで経験した出来事はその時限りですべて消えてなくなってしまう。

昨日のご予約では私が去年経験した一番辛かった出来事をお客様にお話しした。

「この方向は違う。この道に進んではいけない」と疑い始めた時点から既に自分の意思は固まっていて、物事の闇やネガティブを感じ取った後は光や希望へと視点を変え、自分の勘と感を信じて歩き始めた。でも物事の結末を見届けるためには「待つ」という行いと忍耐や時間が必要となる。長い待ち時間の間に焦りや不安に捕まってしまい、気持ちが折れそうになった時は先生のタイ古式マッサージを受けて自分の進むべき道を思い出した。先生に不満やグチや時には毒も吐きながら自分の考えていることを自分に語りかけていると、タイマッサが終わる頃には余計な想念が振り払われ、必要な感覚だけが残っていく。

辛い状況は終わり物事が好転したことに心から安堵し、今まで支えてくれた周りの人に感謝する。自分の中の絶対を貫けばひとつの真実にたどり着く。普段は「どちらでもいい」という気楽なスタンスがちょうど好いが「絶対!」という完璧や完全を目指す時は本気の覚悟と本気の勇気が必要となる。どちらでもいい中に在る「絶対」を私はタイ古式で何度も体感していて、この絶対があるからこそ、どちらでもいいと言える。

これからもいつまでも単純なひらめきを大切にできる大人でいよう。

タイ古式をやったり受けたりすると真実を見極めるチカラ、待つチカラ、自分の意志を貫くチカラ、自分を信じるチカラが身についていく。テキトウでいい加減な中にちゃんと真理もあってちゃんと2人ヨガなタイ古式マッサージ。真面目で不真面目な面白いボディワーク♪