タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

スクールやってます

タイ古式マッサージの可能性は無限かつ変幻自在なので受ける人によってその目的も効果も違ってきます。イメージ通りのこともあれば、期待外れのこともあるでしょうし、期待以上だったということもあります。なのでどのような切口からタイ古式を受けていただいても構いません。きっと面白くて不思議な施術や時間となります!

受けるよりは「やってみたい」という方はぜひスクールを受講されて下さい。私の師匠は「自分の知っていることを包み隠さず手渡していけば技が本物になる」と常々言っていますので、レッスンは私なりのやり方で私の受け取ったタイ古式マッサージをお伝えしています。

沖縄で約3年続いた師匠とのレッスンは実態がなく授業の中身がありませんでした。

先生は「テキストには特に意味のあることは書いていないので覚えなくてもいいです。型もひと通り一応はやりますが、好きなものだけを加えて下さい。真面目に練習などしなくてもいいですよ~。一生懸命やってもやらなくてもさほど変わりませんから。あと、授業で習ったことはメモしなくてもいいです、全部忘れて下さい」と言うので私は「???」だったのですが、「あまり深く考えずテキトウにやっていけばいいんですよ~」と先生はいつも笑っていました。

タイ古式に出会う前はせっかちで生真面目でどちらかというと「白か黒か」というはっきりとした答えが欲しくて、絶対とか完璧を求めたいタイプでした。なので、メソッドや答えがないことに歯がゆさや戸惑いもありましたが、絶対にタイ古式を諦めたくはなかった。でも、それにはどこかで何かと折り合いをつけていくしかなく、負けず嫌いは役に立たないどころか習得の妨げとなり、プライドや意地は技を遠ざけてしまう。「もうどうでもいいし何でもいいや」と投げやりにふてくされたり、いじけてみても現状は変わりません。怒りや落胆を通り越し、仕方が(他に方法が)ないので観念して諦めて捨ててしまうとようやく技が私に近づいてくるようになりました。

負けるが勝ち。

諦めるが近道。

捨てると与えられる。

この感覚は実生活でも大いに役に立っています。

固執せず、執着せず、気にせず、上手に自分の考えや感情をかわす。他のことをやりながら状況がどうなっていくのかをとりあえず待つ。周りをよく観察し、周りをコントロールすることはできないと肝に銘じ、自分の意識を今ある場所から別の場所へと移し、自分の内側に近づくのではなく、遠くから自分を見つめる。

随分後になってわかったのですが、タイ古式の自由な気ままさは「自分で決断し動く」という自分軸を作るための鍛錬でした。タイ古式マッサージという行いは合理的に物事を判断したり解釈できる自分になるためのトレーニング。

「わからないは答えではない」と思っていたのが、「どちらでもいい心地よさ」にすっかり魅了され、今ではタイ古式マッサージほどはっきりとした答えを私に与えてくれたものはない、と感じています。

タイ古式の技法の中には自分を知るヒントがあります。私たちが楽に生きていくための古代の叡智が詰まっています。

自分を知るヒントとは何か?

古代の叡智とは何か?

私と一緒に不思議な魅力あふれるタイ古式マッサージを知る旅に出かけてみませんか?

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