タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

心地いい風に変換してくれるタイ古式マッサージ

よく「その決断と行動力すごいよね」と言われたりしますが、そんな決断や行動をしなくてもいいならしないでいたい、、、。枠から外れて他とは違う独自の道を行くなんて本当は苦手。でも「これが私の与えられた?課題なのだから仕方がない」とわかっているのか、そう思い込んでいるのか、、、。

「仕方がないから」とガッツリ開き直って割り切る意地も自信もなく、宙ぶらりん。今までならこんな心持ちの時はタイ古式マッサージをやっていたのに今はそれもナシ。今まであったものがなくなると心細い。ケド「物事にはタイミングや流れがあるのだから」などというベタな考え方はしたくないので、タイ古式以外のことで今回のはく奪を乗り切ろう(笑)。

「困った時のタイ古式マッサージ」という私の概念はなくなってしまった。

あーあ、変なことに気づいたなぁ。タイ古式マッサージをやっていると自分の観念を持っていかれる。また1からタイ古式マッサージを探していかなくては。めんどくさい楽しみが増えたなぁ(笑)。

本当は苦手な決断と行動も、タイ古式のおかげでなんとかやってこれたし「先が知りたい、答えが欲しい」という焦りはなくなったものの、今はお金の不安や心配に翻弄されて疲労困憊気味。そんな人間らしい自分を立て直すために大して役にも立たないタイ式ヨーガをやっている、、、。でも実は「役に立たない」は思い込みで「役に立つ」も思い込み。本当はどちらなのかを確かめたい。自分の執着や欲を鎮めるためのタイ古式マッサージ。だけどこの調子だと今のこの考えもいつかなくなってしまうだろう。思考や心はコロコロ変化するので、信用しない方がイイ。では一体自分の何を信じればいいのか??魂からの決断と行動を信じる、魂からの決断と行動なら信じられる。本当の自分の思考や感情を見極めるため、自分に近からず遠からず、外側からも内側からも見つめていけるタイ古式マッサージタイ古式マッサージは単なるリラクゼーションではない。その役割は無限大で受ける人によって変化したり、塩梅される。型も工程も時間配分も自由だし自分で決めてもいいのだけど、本当のセンや風を知ると技の中身や質が変化する。私の習得したタイ古式マッサージブッダを中心に形成された仏教僧集団サンガの筆頭医師とされるシヴァカのものではない。小さな寺の名もないの僧侶の霊性によって生まれたタイ古式マッサージ。そんなマニアックな話も衝撃だけど、小さな寺の名もない僧侶から派生したタイマッサは、普通でいたい私が普通から外れてしまい不安で心細い時を支えてくれる。自分が安全だと思っていた枠をどんどん壊して広げて「枠から抜け出しても大丈夫」ということを教えてくれる。これからはどんな時に役に立つようになるのか?私のタイ古式マッサージはどんな風になっていくのか?期待と好奇心でワクワクするけど、期待は裏切られてしまうし、自分の思う通りになどいかないのだから、欲も執着もほどほどやそこそこに。そんな過大にも過小にもならないフラットなトーンは私が望む普通の状態。タイ古式をやっていると普通でいられる。それは決して思い切った決断と行動ではなく「今必要なちょうど好い選択なんじゃないの?」という風が吹いてくる。頭と心と身体全体で「大丈夫」が体得できるタイ古式マッサージ

タイ古式マッサージって実はそういうものなのです。