タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

イメージは使いません

タイ古式はルールや規制がなく自由な解釈の技法ですが、「イメージは使いません」ということだけは先生より言われていましたので、イメージを使わない練習を始めます。まずタイ古式で自分の理想(ヴィジョン)を持たないこと、目標を設定しないこと、目標を達成しようと努力しないこと。いえいえ、夢や希望を持つのは構いませんが、「まだ実現できていない」という時点で既にイメージですから、そのまま持ち続けていると技が奪われる「はく奪」がやってきたり、自分自身の価値観や考え方を「軌道修正」しなければならない出来事に遭遇し、タイ古式ができなくなる、という事態が起こります。

風がわからない

受け手側(練習に付き合ってくれる人)やお客様に反応がない

お客様に不具合が生じたり「気に入ってもらえないのではないか?」と思うとタイ古式をやるのが怖い

色々なことや細かいことも含めてこれでいいのかわからない

タイ古式をやっていても面白くない

などなど「はく奪」も色々で、私も数えきれないくらいの迷いや焦りを経験してきました。でも、わからないことをわからないままやり過ごせるようにならなければタイ古式は上達しません。もし「わかった」のならばそれはきっとタイ古式ではありません。「わかったイメージのタイ古式」をしていたり、自分自身が「わかったつもりになった状態」である可能性があります。なぜならタイ古式はいつまでたってもわからないままで、悟りの境地から離れるために考案された技法だからです。

風がわからない→イメージに当てはめているとわからなくなります

受け手側(練習に付き合ってくれる人)やお客様に反応がない→結果や効果を期待していると、その思いを軌道修正しなければ反応はやってきません

お客様に不具合が生じたり「気に入ってもらえないのではないか?」と思うとタイ古式をやるのが怖い→恐れはそもそも自分がタイ古式を信用していない証拠。たとえ過去に不具合が生じた経験があったとしてもその出来事は過ぎてしまったことで「次もそうなるのか?ならないのか?」は再度タイ古式をやってみなければわかりません。

色々細かいことも含めてこれでいいのかわからない→答えや結果を求める気持ちと折り合いをつけ、わからないままでも続けていけば、いつの日かわからないことが気にならなくなります。

 タイ古式をやっていても面白くない→タイ古式が自分のイメージしたものと違う場合は面白くありません。でも技が自分のイメージから離れていくという現象は、技の中身や質が変化しつつあるということなので、はく奪はとても良いことです。

ちなみに今の私は

風がわからない→そういうことはほぼありませんが、わかりにくい時はわかりにくいことを意識しないよう、他のことを考えながらタイ古式をやります。

受け手側(練習に付き合ってくれる人)やお客様に反応がない→「お客様には別の、又は他のリラックスやリフレッシュ方法があるのだろうなぁ」と考えるようにします。

お客様に不具合が生じたり「気に入ってもらえないのではないか?」と思うとタイ古式をやるのが怖い→不具合が生じたらどうしようとは考えなくなりましたが、そういう事態が起こった時は「仕方がない」や「まだ下手なのね」と諦めます。

色々なことや細かいことも含めてこれでいいのかわからない→8年以上、型も変えず同じことを日々繰り返しているので「これしかない」というか definittely、absolutely「これでいいのだ」というスタンスでタイ古式をやっています。

タイ古式をやっていても面白くない→毎回色々な発見があるので面白くないとは感じません。センと風が在るので自分の技に飽きることはありません。

師匠はよく「自分の言うことは信じないで下さい」とか「僕は変人ですから」とか言っていましたが、私のブログの内容も私の主観や価値観の入ったタイ古式の説明や概要でしかありませんので、信じてはいけませんし、私もタイ古式のマニアックな話ばかりしているような変人ですから相当怪しいです(笑)。

風がイメージではないことをどうやって証明するのか?

私の見ているものがそもそも波動なのか?

受けていただくとタイ古式がどういうものなのかがおかわりいただけるでしょうし、レッスンでは「どのようなものか?」という部分を実際につかむこともできますが、タイ古式的発想だと「どうでもいいこと」なのかもしれません。そんな自由さや勝手気ままないい加減さがタイ古式の魅力で、つかみどころのない部分をつかんでみたいという好奇心でついつい風を追いかけています。