タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

タイ古式が教えてくれること

私が「癒しの仕事」を本格的に始めた時、主軸は100%「お客様」でした。

「お客様に気に入ってもらえるメニューを出そう」

時間もお金も費やして多くのメソッドを学びましたが、あれこれ手をつけてみても「これでいいのだろうか?」という不安が拭えずにいたそんな時、タイ古式に出会いました。「これならオンリーワンを確立できる!」と確信したのですが、あるお客様に「私の通ってる整体の先生の所に行って1から勉強し直しなさい!!」と叱責された時はさすがに落ち込みましたが、不幸はこれだけではありませんでした。

「昨日タイ古式60分を受けたのですが、ダルくて起き上がれません。大丈夫なんですか?」

「湿疹がでました」

「腰痛が悪化しました」

「下痢しました」

「頭痛がします」

「お店から帰る途中、接触事故に遭いました」

私「???」

今まで受けたことのないクレームが続いた時、「効果や結果が期待できない」という現実を突きつけられ、タイ古式に抱いた夢や希望を失いました。のちにこの経験は慈悲喜捨の「捨」でタイ古式をやると必ず遭遇する「はく奪」という現象だということを知りましたが、あの頃は思考と心が完全に迷子状態でした。結果が出ない、成果が期待できないという苦しい日々の中、初めて師匠のタイ古式を受けた時のあの感覚を思い出す度にやっぱり「間違いない」と思えましたし、受ける度に自分の中の「これが好き」とう気持ちがゆるぎないものとなっていきました。そして私はついに観念し「投げやり」とは種類の違う良い意味での「開き直る」という心境にたどり着き、マイナー路線を歩むことに決めました。こうしてタイ古式をやり続けていくのですが、頭で何を考え心で何を思えどもとにかく自分の思考や感情を受け流し時をやり過ごしました。人生で初めて思考や思いと行動を一致させないで突き進みました。身体(行動)を優先させるとやがて「お客様主体」という思考が「自分主体」へと切り変わり、「お客様に気に入ってもらえるメニューを出そう」から「私が気に入っているメニューをお客様に届けよう」へとシフトチェンジしていました。さらに「この技を絶対習得してやる!」という強い意志が芽生え、闘志や意欲も湧いてきました。

そんなある日、「本物の風」に出会いました。本物の風は私の小さな悩みや不安を吹き飛ばし、質の違う自由な発想の面白さを運んできてくれました。 

しばらくして「昨日タイ古式60分を受けたのですが、ダルくて起き上がれないません。大丈夫ですか?」と心配されていたお客様は、いつも行く針の先生に「『最近調子がいいけど何かしたの?』と言われた」そうで、一気にタイ古式が格上げに(笑)。

「湿疹がでました」→「数日後には消えました」

「腰痛が悪化しました」→「痛かったのは受けたその日だけで次の日からはびっくりするほど腰が軽くなりました」

「下痢しました」→ 「あれ?私そんなこと言いましたっけ?」

「頭痛がします」→「あの時は仕事が立て込んでいてどうしても休めない時期だったのでタイ古式でデトックスされたのかもしれませんね」

「店から帰る途中、接触事故に合いました」→「アレは不幸中の幸いで、ある意味厄払いだったのかもしれません」

私「???」

クレームと思っていた話の中身が変化しお客様のご感想も違っている!しかも引き続きご予約をいただいている!よくわからないけど「私が良い!」と思うメニューがなんとなくお客様にも受け入れて頂けるようになり「このままでいいのだろうか?」は「これでいいのだ!」という信念となりました。

私は自分の直観は的中した、と勝手に思っています。外の世界は自分の思いで作られていくのなら、何をどう感じ思うかはその人の価値観であり自由です。私はタイ古式マッサージを通して「自分を受け入れ認める」ということを学び「諦めることと諦めてはいけないこと」を理解し、今もなお信念を貫く経験を重ねています。