タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

宇宙に任せるってどういうこと?

今日のレッスンで話したことですが「自分の実現したいことを上にお願いしてあとは任せる」という考え方は、別の見方をすると「自分の意志や意識を丸投げしてしまう」ということにもなりかねません。「なんとかなる、なんとかしてくれる」という他力本願的な思いより自分の意志や決断に崇高なチカラは働くハズですから、やはり「自分軸」はしっかりと持つべきです。ところがタイ古式は「イメージを使わない」ということ以外は定義や法則はあるようなないような、よくわからない技法なので、どういうスタンスでタイ古式と向き合えばいいのか、わかりません。それでも「タイ古式が好き」とか「面白い」と感じるには理由があるでしょうし、その面白さを追求していくためにはやはりタイ古式をやりたいと思うハズ。でも「タイ古式に何かを求めてはいけないから」と、「何も考えないでただ流れに任せよう」へとシフトすると「何も考えないでただ流れに任せるイメージをするタイ古式マッサージ」となり、別のボディワークへと変換されてしまいます。

頭で何かを考えながらも感覚に軸を置く。

そしてその感覚の先にある別の感覚を探す。つまり「感覚のその先には何があるのだろう?」と興味を持つことや「自分のひらめいた数字にはどんな意味があるのだろう?」を素直に受け手に聞いてみる。無邪気で純粋な波動には風の精霊が近寄ってきます。「何かを得たい」と思わない「ピュアな欲」は精霊の質と同等の波動なので、その空間には共感や共鳴が生まれます。でも「結果」や「対価」を求めてしまえば「ピュアな欲」は消えてしまい、風は感じられなくなります。恐れもまた風を消してしまいます。

好奇心と遊び心。「考え」ではなく「思い」かな?頭でひらめく「面白い」よりもバンタから派生して全身へと広がっていく「面白い」が「ピュアな欲」に近い波動です。「知りたい」というシンプルな欲があれば、下手くそだろうがタイ古式のことをよくわかっていなかろうが、単純に「やりたい」と思うハズ。そういう純粋なエネルギーを持つことができて初めて宇宙に任せられるのだと思います。なので、宇宙にファンタジーを抱き、自分の見たいものだけが見える場所へとワープするのではなく、頭で何かを考えつつも手から感じる感覚を通して「見える世界」を視ます。その方がより安心、安全です。自分のバンタを意識することで高く高く上を目指して飛んでいく必要はなくなり、上空ではなく地上にこそ大切なことが在るということに気がつきます。空の上より地の上の方が私は安心。飛行機に乗る時はいつもハラハラ、幼い頃の記憶がフィードバックしてくるので毎回怖いのですが、その恐怖や不安や心配とうまく付き合っていくためにも私にはタイ古式が必要なのだと感じます。