タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

お釈迦様のタイ古式マッサージ

私の店で提供するリラクゼーションはタイ古式マッサージ(占いもタイ古式の一部)だけです。最初の数年はタイ古式がよくわからなくて試行錯誤を続け、でも考えたり自分なりに工夫してみてもうまくなっているのかどうかは微妙でした。が、自分の思いは無視してとにかくタイ古式という行いをやり続けてきました。というか、タイ古式を知るためにはタイ古式をやるしか他に方法はありません。そんな調子でよくわからない日々を過ごしていると、なんとな~く毎回同じ場所に着地できるようになってきました。それはつまり、ようやく、やっと、風が私に興味を持ち始めてくれたということです。その流れとそのタイミング(これはなんとなくではなくはっきりとわかりました)で、私の意志に風のチカラが働くようになりました。私は風が連れて行ってくれる所は不安や恐怖のない場所だということを心と身体と思考で理解しています。効果があってもなくてもどちらでもいいこともわかっています。なのでお客様にも「受けても受けなくてもどちらでもいいものです」とためらいなくお伝えしています。

自分の目標を設定し、それを成し遂げることだけがゴールではありません。たとえその目標へと届かなかったとしても、いかに自分の思いや考えに執着せず、軌道修正していけるかが大事なのです。でも心のどこかではやっぱり自分の目標を諦めたくはない。今この時の「どちらでもいい」を受け入れつつ、目的の場所へと行く別ルートを探りますが、その思いに風は寄り添いますし、常に風の働きがあります。タイ古式がそばにあったおかげで、私は自分の気持ちの切り替えや目標の再設定やうまくいかないことに対しても待つことができるようになりました。

私はこのブログにプライベートなことはほとんど書いていませんが、ご予約時にはよく自分の身の回りに起こる出来事をお客様にぼやいています。私の人生は呆れるほど自分の思い通りにはなりません。苦しみや悲しみや焦りや怒りを越えて、もう笑うしかない状況に泣いてしまう日もあります。時には「なぜ自分はこんなにも不幸なのだろう?」と思うこともあります。でも、もしかするとそれは誰でも思うことなのかもしれません。そんなことを思う瞬間が誰にでもあるのです。タイ古式はお釈迦様のマッサージで「あなたの心の中にあることは私の心の中にもある」ということを互いに体感します。初期仏教の思想が入ったタイ古式マッサージを通して、「私だけではない」ということや不安や恐怖を別の波動へと切り替えて「現実にそんなことは存在していない」ということを身体で認識し、心と思考へと伝達していきます。

タイ古式はお釈迦様のように悟りを開くためのヨガではありません。苦しみや悲しみや焦りや不安があっても、重い思いを少し横に置いて、自分が不幸なことを忘れ、気を楽にして生きていくためのものです。イメージで作られた心地いい場所へと現実逃避するのではなく、自分のフラットな現実へと着地します。感情や思考の揺れを身体を使って静めていきます。

タイ古式では「心の問題は心では解決しない」と考えています。「行いこそが唯一意識を変える」ということは聞いたことがありますが「実際に動くのはめんどくさい」という時には画期的な2人ヨガとなります。苦行やストイックさのいらない怠け者のヨガ、誰にでもやさしいヨガです。

タイ古式マッサージをやると思考と感情が静止します。私もそうですが、ご予約終了後には皆さん鼻歌を歌ったりしてサロンを後にします!(^^)!

私はこの素晴らしい口伝伝承の技法を必要な方へと届けるためにタイ古式をやっています。風と遊べるようになるとますます面白くなりますので、もっとスキルアップ、レベルアップするためにタイ古式をやります。ここでお伝えしているレベルアップ、スキルアップとは自分の立ち位置を受け入れて、うまくなりたい欲から離れ、それでもタイ古式がやりたいという自分を尊重するためのレベルアップやスキルアップです。もちろん、今までもお客様にご好評いただいたメニューはありましたし、長年やってきた手技に愛着もあったのですが

「私にしかできないオンリーワンで勝負したい!!」という私のセラピストとしての意地とプライドを風は受け入れてくれました。本気のセラピーを遊び心を交えて提供しています。でも、ご予約がなくなったり、他の用事が増えてきたら、その流れを受け入れます。押して引いてという技法を繰り返し、身体から自分の今を見図り、塩梅します。焦りや不安で内側に縮こまっている自分を外側へと解放します。自分の可能性を諦めない意思を持ちつつ、思い通りにならないことには落胆せず「思いの先にはどんな景色が広がっているのだろう」という好奇心の向こう側を確かめるため、今日もこれからもタイ古式をやります!