タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

諦めて辿り着く境地

タイ古式のレッスンは「私の言うことは信じないで下さいね」などと先生に言われながら進んでいくなんとも不思議な授業でした。

タイ古式には通説や特定の概念がありません。何もかもが「そうですね~そうかもしれませんね~」という感じで自由です。でも「自由」とはよくわからない観念なので、タイ古式を理解するために、ある特定の目的や定義を自分の中に設定してみるのですが、その価値観が自分の思うその限りではない上に、時間が経過してもなかなか上達しません。そして遂に「自分が何をやっているのかわからない」状態に陥ります。この「自分の思いの通りではない」や「色々やってみてもうまくいかない」ことを「はく奪」と呼び、師匠は「それはとても良いことで、技が近づいてきている証拠なんですよ」と意味不明なことを言います。

私「はく奪が来ないということもあるのですか?」

師匠「はい、風やセンがわかっていない人に はく奪はやって来ません」

私「ということは、タイ古式で良くないことや望ましくない出来事がやって来ることを望むといいのでしょうか?」

頭が混乱しだんだん訳がわからなくなってくるのですが、師匠は笑って

「頭で考えてもダメです。頭で考えることをやめた時、技は上原さんに近づいてきます」

私「私がタイ古式を伝えた皆さんからはあまり質問が来ないのですが、それは私がタイ古式を上手く手渡せていないということですか?」

先生がこの質問に対して何と答えたかはすっかり忘れてしまい、思い出そうとしてもなぜだか思い出せません。※後に思い出し、解決しました

タイ古式をやるとよくひらめいたことやお客様より伝わってくることをよく忘れてしまいます。占いのためにタイ古式をやる場合は、様々な情報が消えてなくなってしまうため、本当は横にノートでも置いてメモを取りたいくらいなのですが、きっと必要な情報ならば覚えているだろうと、そのままにしています。

タイ古式マッサージは諦めるトレーニングです。そして私には今諦めたいことがあります。「諦められればどれだけ楽になるだろう?」と思うことがあります。私が諦めるのか?息子が諦めてくれるのか?いやいや、私が勝手に気に入らない、よろしくないことだと思っているだけで、自分の思いのその限りではない場所へ行けるのならそれはそれでいいのです!!でも私へとやってきた「青天の霹靂」は疑いへと変化し、さりげなく息子に「本当にそれでいいの?」と揺さぶりをかけ続けています。でも息子は私の揺さぶりにびくともしないどころか、逆にどんどん強固になってきています。私はそんな息子との対立にほとほと疲れ果て、心の底なのか腹の底なのかよくわからない部分から「もう、あんたの好きにしたらいいよ」と伝えました。すると息子は「いやいや、母ちゃんが提案する場所へ行ってみるよ」となぜだか友好的な態度を示してきたのです。

「そうか、そういうことなのね」

多くの議論?いえ、口論を繰り返し、遂に観念してうなだれる私に息子は1点の希望の光を見せてくれました。息子が私を諦めの境地へと導いてくれたおかげで、タイ古式の教えが自分の中に入ってきました。

押してダメなら引いてみる。それを繰り返していくうちにいい加減、いい塩梅な心と身体のたどり着く場所があるということを私は知りました。

息子が私の申し出を受け入れてくれたので、もうそれだけで十分です。私がいいなと思うその場所を一緒に見たその後は、本当に本人の好きにしたらいいと思います。転校したいと言い出した時も、塾を辞めると言った時も、夫も私も彼を尊重してきました。でもなぜか今回の決断ばかりは彼の意見を尊重できず、苦しんでいたのですが、私の考えや価値観を一応受け入れてくれました。

さらに「『あなたが決断したのだからその後のことはもう知らない』と絶対に言わない!」と決めました。彼の決断を信じてこれからも見守ります。自分にその覚悟が決まったら「もう何もかもが大丈夫」と思えるようになりました。意見が対立して辛くなったらタイ古式をやればいいのだし、ほぼ毎日タイ古式をやっているので、諦めるトレーニングはできているだろうし「いつでもあっさり自分の思いを捨ててやるのだ!」と意気込んでいますが、またきっと捨てられなくてしがみついてしまうでしょう。だから私はタイ古式をやります!私にとってタイ古式とは自分の思いがその限りではないことを知るワークで、気分やエネルギーを変える変換法です。いい意味で、心の底から可能性を諦めたおかげで、技が本物となりました。