タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

慈悲喜捨の行い

「自分のことを信頼しているか?」と問われたら「信じられることもあれば、まったく信じられないこともある」と答えます。「子供達の幸せを心から願っている」とは言い切れますが、その幸せの中身や質についてはよくわかっておらず、自分の考えにほとんど自信がありません。私の頭に浮かぶひらめきや思いつきはコロコロと変わってしまうので全然アテになりません。今この瞬間に「こうしよう!」と強く心に決めても翌日には「やっぱりなぁ~」と結局行動には移せない、ということも多々あります。迷わず即決できることもあれば、自信が持てなくて決断できないこともあり、「それはなぜか?」を自分なりに分析してみますと、知識や情報、経験の不足や責任の比重が影響しているように思います。「考えても仕方がないし、とりあえず今は保留」という具合に、考えることをやめようとしてもそうもいかないのですが、タイ古式をやると余計な感情がなくなり必要な価値観だけが残ります。お客様のお身体に触れながら、風を感じながら自分のことをつらつらと考えているので、思考や感情が半分になります。ポイントは「風を感じながら」という部分です。自然界のエネルギーやお客様の中に備わっている自然治癒力が私を助けてくれます。もちろんその治癒力を引き出していきますので、お客様のコンディションも整うという性質から「2人ヨガ」と呼ばれています。

※2人ヨガとは横になって他者に身体を動かしてもらうという表面上の行いのことを示すものではありません。

風は私に近づいてきたかと思うと何もなかったかのようにスーっと通り過ぎていきます。その絶妙な距離感や干渉せず、深入りせず、印象を残さない優しさは「お釈迦様の慈悲の心」そのものです。タイ古式ではイメージを使いませんので、イメージではなく慈悲を感じているのです。喜びや快の感覚は残し、苦しみや悲しみは半分捨ててしまえる、というか風が持って行ってくれます。このように、本来のタイ古式マッサージとは慈悲喜捨の行いで、それを繰り返し行うことで少しずつ自分を信頼していけるようになります。いえ「タイ古式をやっている時の自分は信じられる」が正しい表現です。ということは、タイ古式から離れると再び迷いが生じてしまうのですが、まぁ、続けていれば今よりは少しはマシになっていくだろうと気楽に考えています。