タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

タイ古式マッサージで冒険

無難なタイ古式マッサージをするとつまらないタイ古式になってしまいます。無難にとはお客様に受け入れてもらえそうな感じにするとか始まる前に聞かれてもいないのに不要な情報を伝えてタイ古式のイメージを定着させようとしたり、とか。このブログもまさにそんな感じで、私の主観が入っている上に色々矛盾もありますので、テキトウに読んで下さい。※そろそろ終了しようかと考えています。

タイ古式がどういうものかがわからない間はさまざまな思考や感情が交差してワケがわからなくなり、無難な当たり障りのないタイ古式になりがちです。 タイ古式マッサージにはルールもなければ「ここがセンです」という確かな場所もわからず(72,000本もあるのに!)、圧の加減もはっきりしないので、最初の数年は自分でも何をやっているのか不安になります。

本当にこれでいいのか、合っているのか、正しいのか、どっちなのか、誰か教えて欲しい!

このようなちょっとした心の動揺から一般的なタイ古式をやってみようと試みると、絶望的に下手でまったくセンスがなく、無難なタイ古式に近づけようとすればするほど、ナーブタッチの技ははく奪され、風は遠のいていきました。技の2極化や使い分けはできなかったため、ナーブタッチとしてのタイ古式でお客様に喜んでもらえるよう、諦めて仕方なく日々練習を重ねてきました。「よくわからないまま」といういい加減なのか不真面目なのかという曖昧やテキトウさの中で、はがゆさやもどかしさをすり抜けながらここまできました。

よくわからないことをどう受容してどう折り合いをつけていくのか?

どうすれば自分の技法をお客様に気に入ってもらえるようになるのか?

本当に悩みますが、そこは自分で見つけていくしかないし、流れに任せていくしかありません。風の門の入口までは先生に連れてきてもらいましたが、その先を行くか行かないかは自分次第。自分のやりたいタイ古式をやるためには無難を飛び越えて進むしかないのです。

でも、このテキトウさを切り抜けるチカラは実生活でも大いに役に立ちました。

実家のこと、子供たちのこと、夫との衝突など、色々な問題がありましたが、結局は自分の気の持ちようで、わけがわからない間を待ち、答えが出るまでさらに待ち、いつまで待てばいいのか終わりがこない長い待ち時間をひたすら待つための気晴らしや気分転換としてタイ古式をやってきました。なんとかなると信じ、なんとかするという実際の具体的な行動に移せる自分になれたのは、全部タイ古式で鍛錬されたおかげだと思います。そんなこんなを通り抜け、あらゆるしがらみから解放され、人生でこんなにヒマな時を経験したことがない!というくらい東京ではスローに日々を暮らしていて、誰かや何かの制限や規制で将来を悲観することもなく、一般的な常識や世間体などが存在しない環境で自由気ままに過ごしていると、子供達にも私にも変化が起こりました。

結局すべて〇〇〇なんだ、、、。

この気づきこそが私の財産。

タイ古式をやるとどんな気づきが内側からやってきて、どんなサティが外側から降ってくるのでしょう?

押して伸ばして足して引いて、その時の風の流れに自由自在に同化するタイ古式マッサージで、お客様の今ちょうど好いコンディションへと持っていきます。半覚半眠の瞑想のような感覚で時を越えて今必要な場所へと着地します。

もうつまらないタイ古式マッサージではなくなりました!

ぜひお試し下さい☆ 

タイ古式のレッスン

昨日はレッスンでした。

導入として少し身体を揺らしていきますが、足を持つとだいたいの今の状態や様子がわかります。※レッスンではその理由やテクニックを伝授していきます。

めちゃくちゃ面白い!

次のレッスンまで練習してもしなくてもどちらでもOK!でも、型だけを先に覚えても意味がありません。型と風はセットなので型の流れと風の感覚を同時に覚えた方が効率がいいのです。

タイ古式マッサージはその時間限りの出来事ですから終わったことは忘れます。変に何かを覚えていると新しい風を見失ってしまいますから。

話は最初に戻って

どうして足に触れただけで右側の腰が痛くて眼精疲労やドライアイからの頭痛がある、ということがわかったのか?

どうして足に触れただけで右手首に炎症が起きていて昨日湿布を貼っていたことがわかるのか?

身体のことは話さず聞かずすぐに実技に入ったため、予めの情報をもとにしたリーディングはできません。

なんで、なんで?

不思議、ふしぎ。

純粋な欲は大歓迎ですが、私利私欲へと切り替わると風は逃げていきます。風の正体を確かめようと執拗に追いかけると不具合が生じます。

それってつまり、、、どういうこと?

ここから自分の心の内側を探る作業が始まります。いわゆる内省とか内観ってヤツでしょうか。ちょうどいい加減のタイ古式をやるためには自分の中から湧き出てくる感覚を信じない方がよくて、考える代わりに手の平に意識を置きますが、集中しすぎるとうまくいきません。手の平に感じる何かがない時は次の型をやります。でも結構ウジウジと引きずってします。「なんで何も感じないのか?なんで風がわからないのか?」にこだわってしまいます。風と仲良くなるためには慈悲喜捨の「捨」を重視するべきなのに、それができない。風は近からず遠からずな存在なので、支配もできなければ依存もできない。風に近づきそうで近づけない。その鍛錬を終えて次のステップに行き、風との絶妙なバランスが保てるようになれば、タイ古式は自分の期待に応えてくれるようになります。純粋な欲に触れ、魂の声を聞き、さまざまなことが映像として見えてきて、味や香りも伝わってきます。全部クレアボヤンス。ニンで第六感の門へ入り、センが身体の中心(チャクラ)へと導き、チャクラがバンタとなり、宇宙と人と大地の回路を風が自由に行き来します。

って本当でしょうか??

イマイチ自分のことは信用できませんので、タイ古式でお客様と一緒に確認作業。ちなみにしがらみがなく自由でいると第六感って働くようになるみたいです☆ 

神経に触れるナーブタッチという技法のタイ古式マッサージ 

タイ古式マッサージで身体の中を流れるセン(神経)を緩めていくと、不安や焦りが消えて穏やかになります。神経が緩むと思考や心の緊張もほぐれ「常に先を急いで結果や結論を求めなくてもいい」ということを思い出します。スピードが減速すると「先のことはその時考えればいいや」と気が楽になります。頭(思考)ではなく感覚を優先していくようになると、自分なりの心地よさで周囲と調和できるようになります。緊張が緩むと身体もリラックスして呼吸も楽になります。楽な思考を持てるようになれば、心や身体に余裕やゆとりが生まれ、現実的で安定した未来へと繋がっていきます。タイ古式マッサージは自分に優しくなる為のヨーガ。頭であれこれ考え続けていた思考が静止して脳の疲労が身体へと移行していくと、タイ古式が終わる頃には身体がまったりとダルくなり、夜はよく眠れます。次の日は頭も身体もスッキリ!!わりと長いスパンこの快適な状態は保たれます。ナーブタッチは一般的なタイ古式に比べると地味ですが「これはこれでいいかも☆」と思っていただける技術です。良さが手渡せるよう、私も頑張ります!

天と人と地を繋ぐタイ古式マッサージ

「約束の人」という過去世の記憶をうっすら覚えている人の今生での目的や役割を思い出すためのタイ古式マッサージになった時は、センから天(宇宙)と小宇宙(人)のコードが繋がります。タイ古式をやりながら「あぁこのお客様は約束の人なのだな」ということが少しずつわかってきます。センの中を流れるロムが過去、現在そして未来へと通り抜け、さまざまなヴィジョンを視せてくれます。風は身体の内側だけでなく外の世界へと吹き抜けていき、外からの情報を拾います。本来のヨガという言葉の意味通り、時を繋ぎ、肉体と精神を繋ぎ、内と外を繋ぎ、天と人と地を繋いでいきます。風の門を開くと心と身体の解放が起こります。ふたりヨガ(タイ古式マッサージ)のひと時に、お互いの話に耳を傾けたり、相手のことを考えてみることで共感と共鳴の渦が巻き起こり、サティと呼ばれる古代の叡智が降ってきてタイ古式が終わる頃には地に足が着きます。

タイ古式マッサージで時空を越えた場所に来た自分に会うと、長年疑問に思っていたことが腑に落ちていきます。そういうスピリチュアルな要素を含むタイ古式マッサージになることもありますが、毎回そうではないので「次はどうなるのだろう?」という好奇心が私をタイ古式へと向かわせます。タイ古式をやる前は「何も浮かばなかったらどうしよう、何も伝えられなかったらどうしよう、お客様に納得していただけなかったらどうしよう」という不安や心配が頭をよぎりますが、お客様のセンとロムに触れると忘れてしまいます。触れた感覚はいつもと同じなので「大丈夫、今回もやれる」と思えます。

エネルギーを拾うタイ古式マッサージ

昨日はレッスンでした。

私は身体を巡るセンがボディ、ソウル、マインドに繋がっているという仕組みを利用して、心と身体の状態をリーディングしていますが、複雑でひとつではない考えや感情を整理して繋げていくそのやり方をタロットカードを用いた手法も交えてお話ししました。タイ古式でのリーディングのやり方とタロットのやり方の相違点についての解説の後は、腕のセンの伸ばし方、風の門の探し方を練習しました。1つの方向だけに偏らないよう次のレッスンではタイ古式の別の役割や他の仕組みについての話をしますが、トピックスを考えるのもスクールの楽しみの1つです!