タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

タイ古式マッサージへの道回想録その② 女性専用サロンの立ち上げ

昨日、久しぶりにお友達のオウチで180分のタイ古式マッサージをしました。

「あーまだ終わって欲しくない~ けどもうこんな時間なの!?」

ホント、タイ古式マッサージの時間はあっという間です。90分も120分も180分もほんのひと時でその時限りの時間。逆に60分は90分や120分より短いのに長く感じてしまうので不思議。いい意味で時間の概念を覆してくれます。

タイマッサの時間は本当の自分を感じます。「本当の私はこうなんだ」ということを思い出します。でも、実際の現実ではありのままの自分でなんていられません。本当の自分を出せないことの方が多いし、正直に言えないことや嫌なこと、やりたくないこと、でも我慢してやらなくちゃいけないことも沢山ある。立場やしがらみなど、ややこしいことも多いしで、日々生活していると色々ありますが、そんな日常のあれこれを少し横に置いて、心と身体の風通しをよくすれば、また頑張れます。ただし「やれることをできる範囲で」。そんなシンプルなことさえ忘れてしまうくらい、毎日一生懸命。でもタイ古式を受けるといっぱいいっぱいな自分が軽くなる。で、時々はっとするような気づきがどこからともなくやってきます。その一瞬はっとするようなことはサティという気づきとか叡智と呼ばれるもので、風の精霊が運んできてくれるお釈迦様からのメッセージ!?しかも自分だけ、自分のためだけに用意された特別なものです。

私自身、辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあった時、タイ古式をやれば心が穏やかになり、優しい自分になれました。だから私はタイ古式が好きですし、皆様にお試しいただきたいと思っています。

私はずっと本物の技を探し続けてきました。日々を一生懸命に過ごしている女性の皆様が、ふと肩のチカラを抜いて他愛もないおしゃべりをしてリラックスできるような場所を作りたい。そんな私の真面目な熱い思いにタイ古式マッサージは答えてくれましたが、熱すぎる思いや余計な思考は風が吹き飛ばしてくれるので、安心です。人の念が入らないところもタイ古式の特徴の1つで気に入っています。

ただその時だけを通り過ぎていく風のように、そっと寄り添い、そっと離れていきたい。つかず離れずが心地いい。そんなスタンスのセラピストで在りたいと思っています☺ 

型はセンに触れるためのものです

一般的なタイ古式マッサージは主にストレッチや指圧がメインですが、私の習得したタイ古式はセンの中の風に触れることで症状の改善や緩和を図るものなので、筋肉の張りや骨のゆがみ、リンパの詰まりなどは意識しません。改善を図るといっても私が直接何かができるというわけでもなく、タイ古式で気の流れが整う、整える、という概念もありません。私の出会う風はコントロールできるものではないため、型を使って風に少し遅れてついていきます。型は一般的なタイ古式と同じですが、かなり少なめです。なぜなら型はセンを探すためのもので腱を伸ばしたり、固くなった筋肉をほぐすために使う必要がないからです。型を用いて自然発生的に生じた波動に触れているうちに、本来のヨガの役割である繋ぐ、繋がっていくという現象が起こります。風は火、水、にも働きかけ、地へと着地します。さらに時々他の面白い場所へと繋がっていくこともあります。お客様の身体はもちろんのこと心へも繋がります。天とか宇宙にも繋がりますし、心よりもっと深い本質へと導いてくれることもあります。過去の出来事や過去世っぽい古い時代の何かに触れることもあり、私は何度もお客様と時空を超えた場所へとワープしています。時々そういうことが起こるので何度でもやりたくなります。単なる症状の改善や緩和だけではないお釈迦様のマッサージ!?

一般的なタイ古式と型は同じでも型に対する着眼点や考え方が違っているため、お客様の受けた後の感覚も異なります。スッキリしたり、まったりしたり、ぐったりしたり、数日後に快調になったりと色々ですが、タイ古式を受けたその後は心身の風通しがよくなるため、次タイ古式を受ける時まで快適にお過ごしいただけます。身体の入口から心や本質にまで触れることができるタイ古式マッサージです。

タイ古式マッサージへの道 回想録その① SEN(セン)に触れる

体内を流れるエネルギーライン「セン」がわからない時はご予約の時間を何とかやり過ごそうと、圧を少し強めにしたりストレッチをきかせたりしていました。あの頃はそうした方がお客様に気に入ってもらえるだろうと思い込んでいましたし、正直自分のタイ古式マッサージを信頼していませんでした。

センについての一般的な説明としては

センは「気の流れる道」でタイ古式マッサージの技法を使いゆったりとしたリズムで刺激することで気の流れがよくなる

センはリンパや血液の流れのようなもので、ストレッチを行いながら体や凝り固まった筋肉をほぐすことで血流がよくなり、自律神経のバランスが整い、生命エネルギー(本来人が持ち合わせている免疫力や自然治癒能力)を高める効果がある

等々書いてあったりするのですが、私が師匠より教わったこととは内容が違っていて、たとえ同じことを同じ言葉で説明したとしても、言葉の意味や中身が異なっていたりするため、私はやはり習った通りに覚えている通りにやることにしました。すると書籍に書いてあるセンの説明と先生の言うセンの違いがわかるようになりました。センは気の流れる道ではなく風の通り道で、人の発する気とは無関係なため、気功とは異なります。そして何よりゆったりとした刺激は風を遠ざけてしまうため、強めのストレッチや指圧は行えません。でも、センを引いたり押したりする時の感覚ははっきりとしています。もちろんお客様にもセンが押される、引っ張られる感覚は伝わります。筋肉を強く押しほぐす「刺激」とは異なる、生命エネルギーの通り道であるセンに触れることで生じる「引く(のびる)、押す(内に入り込む)を繰り返すことで心身の状態が整い症状改善へと近づいていきます。ちなみに「風は悪いもので撃退するべき」という考えはないため、センをはじくこともしません。たとえ強風や暴風が吹き荒れていたとしても、共感や共鳴によって風の質は変換されていきますので、タイ古式が終わるころにはとても穏やかで心地いい風が吹きます。

ここで私は気がつきました。

センの中を通る風について言及している文献がない!つまり本来のセンや風について知っている人がいない!?でも、そもそもセンや風については文字や言葉では説明できません。その時々でやってくる風も違いますし、風はその時限りのものですからやはりご予約の時間に体感していただくのが1番ですし、実践で習得していくのがベストです。

私の場合、タイ古式マッサージで人生の謎解きに挑戦し、サティ(気づき)を得て、その経験を重ねる度にさまざまな場所へと繋がっていきます。ということは、やっぱりタイマッサはお釈迦様のマッサージ、つまりヨーガの一種だと感じます。※ヨガの意味は繋がる、繋げるです。ちなみに謎解きの答えはお客様より教えてもらっています!(^^)!

タイ古式に出会った当初に抱いていた「何か他の技法を取り入れなくては、何かを加えなくては、何かを変えなくては」という私の焦りや不安はタイ古式をやり続ける中で消えていき、師匠より分けてもらったシンプルな技法はまぁ~地味でマニアックではありますが、私だけのオリジナル、オンリーワンとなりました。

新しい旅のはじまり

思いは貫けない(こともある)。なぜならそこには流れがあるから。

果たして私の考えや要望は通るのか、通らないのか?

それはやってみなければわからない。

これでいいのか?

この流れは何を意味するのだろうか?

それらを判断するのも判断できるのも自分しかいない。

私は自分の軸をタイ古式マッサージで作ってきた。サマディで師匠の宮城先生より見聞きした真理「そんなことが本当にあるのだろうか?」といったことを日々のご予約の中でお客様より見せてもらい、聞かせてもらった。

ただ、タイ古式の真髄を知るまでの間は辛かった。技術が身につかない曖昧で中途半端な状態がいつまで続くかわからない、というのが嫌で何度も辞めたくなった。でも、翌日にはしれ~っと同じことを繰り返していた。辛いけど嫌いじゃない。感覚が真理に近づいていきそうでいかない感じが面白かったから辞められなかったし諦めたくなかった。でも、そう強く思うと風は遠のいていくので、自分の気持ちに折り合いをつけながらやり過ごしているうちに、いつの間にか「タイ古式はこんなもの」というのを頭ではなく腹で感じるようになり、腹部のバンタ(チャクラ)が使えるようになるとバンタでセンに触れ、深層の風が私に近づいてくるようになった。そこにたどり着いた後は自分のタイ古式に迷いがなくなった。先生の言っていたこと、自分の感じていたことなどをお客様からも見聞きする中で「これは本当にお釈迦様のマッサージなのかもしれない☆」と思うようになった。

「なぜこんなにも今自分の直面している問題についてタイムリーにヒントや答えが用意されているのだろう?」

毎回不思議だな~と感じている間にサティは時々降ってくるものではなく、毎回降ってくるようになっていた。

コンスタントにご予約が入り「ルナサンのタイ古式、好きですよ。これはこれでいいですし、ありですよ」という風に導かれ、私の思いは現実のものとなった。

押して引いて近づいて離れてというシンプルな技を繰り返すことで、物事を広く浅く狭く深く感じるようになり「諦めないけど執着しない」という不思議な軸が作られて「その時」がくるタイミングを待つチカラも身についた。タイ古式の時間はお客様とおしゃべりしながら(会話しない場合は波動に触れながら)今自分がやるべきことや少し先のやるべきことを考えている。で、その後の「決断する」という行いに迷うことなくシフトしていった。

おしゃべり、考え事、うたた寝(瞑想)、風の精霊、サティそして心と身体の変化、改善。

色々な要素が詰まっているからこそ「こうだ」とは言えないタイ古式マッサージ

「そういうこともあるかもしれません」

「そうかもしれません」

「どっちつかず」は適当でとても心地いい慈悲のコトバ。

曖昧さはやさしさ。私はそう感じる。

だから「どちらでも好きに自由に」という答えが好き。

可能性や答えは無限にあるのだから「こうだ」と決める必要などない。

 基本、人生の決断はどちらでもうまくいくが、絶対に諦められない信念がある時は自分や流れを信じてみることにしている。魂が求める純粋な欲ならきっと望みは叶う。強くて激しい風と同時に崇高なチカラが働くに違いない。でも、強風に吹き飛ばされてしまうと、当初の目的地とは違う場所に到着することもある。

それはつまり

思いは貫けない(こともある)。なぜならそこには流れがあるから、なのだけど、それはそれで自分に吹いてきた風の流れにシフトチェンジしてその風に乗ればいいだけなのだ。

こんな単純なことに気づくまでに9年はかかった。

さて、東京でこのタイ古式マッサージをやれる場所はあるのだろうか?

沖縄以外の場所で私のタイ古式マッサージは受け入れてもらえるのだろうか?

私の旅は旅はまだまだ続く♪

症状改善とプラトゥーロム

「風の門を開きプラトゥーロム(深層の風)に触れることができれば症状改善がやってくる!」

ここ最近、腹部の調整をしながら師匠の言葉を思い出していました。お腹は主要なバンタもありますし風の大きな交差点ですから入口が沢山あります。プラトゥーが集まってくる時はサインが来ます。お腹の中が波打つような、渦を巻くような激しい動きが起こり、静かにおさまっていきます。

「おーーきたーー!!」

と大はしゃぎ&大喜びしていますがお客様は「??」

ま、とにかくひたすら風を追いかけて風に遅れてついていけば、あらゆるギフト(サティ)が降ってきます。

症状改善は「お客様の違和感を取り除くお手伝いができれば」という思いでやっていますが、ダイレクトにその目的に向かうと「私はお客様の違和感を取り除けるのだ」という執着やエゴに変わってしまう危険性もあります。でもお客様と私の間には「風」というワンクッションが入り、風から地、水、火へと変換されていきますので、ちょうどいい具合に自然界の精霊たちが私の一点に向かおうとする集中や目的をハズしてくれます。改善を意識するのではなく、風に触れることを目的にする。そうすれば程よい加減の今必要な場所へと着地します。