タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

ひとりごと

思っていた目標が達成できなくても道は他にいくらでもあるのだから大丈夫。

例えばどんな道?

他の道はどこにあるの?

今はまだ他の道を手にしていないから「本当にそんな道があるのだろうか?」と疑ってしまう。

「なんとかなるから大丈夫」などと呑気なことは言っていられない。

逆にそんないい加減で無責任なことは言わないで欲しい。

すると今度は信じるか信じないかはあなたの問題だと言う。

ではどうすれば信じられるの?

どんな努力をすればいいの?

その方法やコツを教えてくれれば実践するのに

「あなたの成功方法はあなたにしかわかりません」

結局、考えているだけでは何も始まらない。

考えていることを自分自身の決断と行動でカタチにしてみなければ先のことはわからない。

だから自分を信じないといけないわけだ。

自分を信じなければ何も始まらない。

もし何かを始めてみたいのなら信じることから?

 私の場合、プライベートで何かあってもご予約でタイ古式マッサージをやると気が楽になる。

「考える」を「風に触れる、風を感じる」へと変換していくと、余計なことは風が吹き飛ばしてくれるせいか、心と身体に余裕ができて

「大丈夫、うまくいく。うまくいかなくても何とかなるさ」というか「なんとかする」というしっかりした意識(信じる気持ち)が根付き、具体的に今やるべきことが明確になる。しかもめんどくさいことから先に手掛けていくようになる。

この変化は言葉や文章ではうまく説明できないけど色々な出来事が起こったりつらつら考え始めても「とりあえず私にはタイマッサがあるからいいや」へと着地する。 

外側の世界

タイ古式マッサージは受けた人を外側の世界へと送り出してくれます。センを通して内側の世界へ入っていくのかと思いきや、外側へと広がっていきます。時間や空間を越えた神秘的な場所へとワープします。でもそれはイメージではありません。半覚半眠の状態はイメージと現実の中間の場所で、頭ではなく触覚を軸にして視える世界です。見える世界ではなく触れられる世界。でも深く入り込むのではなく、ある一定の場所まで行くとまた離れていきます。それを繰り返すことで心身のバランスを調整していきます。

答えは内だけではなく外にもあります。

タイ古式は外の世界へと向かえるように内側を調整していきます。自分の内側が整えば恐れることなく自由に外の世界へと出ていけます。バンタ(チャクラ)がしっかりとした軸になると「自分は自分でいい」と自然に思えるようになります。誰かに何かを言われたとしても感傷的になることなく、それは単に意見の相違や視点の違いだと思えるようになります。自分が何者であるかを理解し、自分の考えや思いを受容し、それを表現することで満たされると同時に、共感と共鳴で繋がる誰かや何かへと広がっていきます。

自分の内側にある無限の可能性を生かせるのは外の世界です。

ただ持ち続けているでけではどこにも繋がりません。外の世界には自分の内側を満たしてくれるさまざまな素晴らしい景色が広がっていきます。めんどくさがらず、おっくうがらず、好奇心と遊び心で外の世界へと出かけていけるよう、タイ古式で自分の内側の世界を整えていきます。

ではタイ古式マッサージがどのようにバンタ(チャクラ)を整えていくのか?

よもやま話の中にヒントいえ答えがあります。たわいもない雑談の中に「自分は自分のままでいいんだな」という答えがあります。

では話をしないでただ横になっている場合は?

タイ古式の型とセンそして風の作用がバンタを整えます。タイ古式は指圧とは言えない弱い圧でセンを押し、伸ばし切ることのない微妙なストレッチで身体を動かしていきますが、その不思議な感覚(ナーブタッチ)が頭に上がったエネルギーを身体全体へと回していきます。

※強い刺激を求める人には何とも言えない中途半端な不快感が襲ってくることもあります。

内側の世界と外側の世界を繋ぐナーブタッチというテクニックを使ったタイ古式マッサージをぜひお試し下さい☆ 

内側の世界

私の習得したタイ古式マッサージはとてもユニークで同じ先生に同じように習ったとしても、その人独自の個性と融合したオリジナリティあふれる技法となります。施術者の5感(視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚)の最も優れた感覚と感性が技に反映され、その人にしかできないタイ古式へと進化していきます。

タイ古式を学んでいくと、今まで見聞きした概念とは少し違う考え方を知ることになるでしょう。もともと何も持っていない場合はいいのですが、今まで学んだものを捨ててしまわなければタイ古式の習得が難しくなることがあります。それくらいセンセーショナルな体験をします。タイ古式に組み込まれた思想が自分の生活いえ自分の人生を歩む中でヒントとなり助けてくれます。追い風も向かい風もどちらも同じように流れに乗ることができるようになります。しなやかで柔軟な自分軸ができると「どちらでもいいこと」と「信念を持つべきこと」の区別がつくようになります。自分の思いを捨てたり諦めたり絶対に諦められないことを忘れたりする練習をしていくと「自分の中で一番大切なこと」や「この世に生まれてきた魂の目的」を理解するようになります。自ら設定した目的を追いかけていくのではなく、向こうからやってくる自分に与えられた使命を受け入れていくようになります。手の平より感じる広く大きな風の渦がゆっくり静かに深く小さくなっていき、自分の中心軸という太い幹を通り抜けて大地に根づくと風は消えていきます。 

タイ古式を続けていると、風の精霊と仲良くなって、頭で考えることなく身体でセンを動かしながら心身の調整ができるようになります。

すべての答えは私達の中にあります。

お客様のお身体に触れるとそれを感じます。

大いなる可能性、いえ無限の可能性が手より伝わってきます。

私は今までタイ古式のセラピストになって本当に良かったと心から思う瞬間に幾度も遭遇しました。

そしてこれからも内側への旅を続けていけたら幸せです。

タイ古式マッサージは面白い☆

タイ古式にはテキストがありません。施術の流れを示した絵図はありますがそれはあくまでも工程を表したもので技の中身についての説明ではありません。

授業は主に風の感覚をつかむ練習ですが、その内容を絵や活字で説明するのは難しいため、実践を繰り返していきます。でもレッスンはその時限りで、記録することはできない上に記憶も曖昧となるため、その時その時を積み重ねていくことで習得していこうとするのですが、授業の内容も毎回違うパターンとなるため、ひとつの方向へと結論づけることができません。ただ、頭を使う学びではなく身体を使った学習法なのでとてもユニークで面白いです。つまり身体が先で頭は後です。ということは、とにかくやるしかないし、ひたすらやるしかない。自信がないとか上手くできないとか言ってる場合ではありません。「タイ古式を理解してないうちからお客様に提供するなんてできない」と生真面目に躊躇していては風はさっさと通り過ぎてしまいます。そもそも風の精霊は遊び心と好奇心を持っている人に近づいてきます。お客様もそうです。「特別な効果があるわけではないけど、なんとなくスッキリするからいいか~」くらいに思って下さる方にはギフトがやってくると言われています♪♪

タイ古式が症状改善に効果があるのか、タイ古式をやる意味があるのか、タイ古式の中に教えがあるのか、そしてそれは重要なのかそうでないのかを説明することはできません。でも、それを探り確かめていくのは自分自身。「きっと人の役に立つような何かがあるはず」と思い信じるのならば崇高な力のサポートが入り、自分の信じる通りになります。ただし、イメージは使いません、頭はあとにくる技法ですから。

タイ古式って本当に面白いです☆

「どちらでもいい」という自由

タイ古式は受けても受けなくてもどちらでもいいものですが、調子が悪い時こそぜひお試しいただきたいと思います。ウツっぽい気分の時やウツ真っ只中という方にもおススメです。タイ古式はもともとヨガをやりすぎたり瞑想しすぎたりでクンダリーニ症候群(エネルギー障害)になった人々を元に戻すための技法です。でも、効果があるかないかはやってみなければわかりませんし「受けても受けなくてもどちらでもいいもの」という特徴ゆえ、お客様の自己責任でご判断いただいております。

スクーリングでタイ古式を習いたいという方には「タイ古式には目的達成という概念はなく、症状改善もあるかないかよくわかりません」ということをお伝えし、そのことに了承していただいた上でスタートします。レッスンは実践形式で、私が知っていることはすべて包み隠さずお伝えします。で、終了した後は「小さなことでも質問して下さい。タイ古式をやると疑問だらけになりますから」と言うのですが、質問はほとんどきません。

「私の伝え方が悪いのかもしれない」と思い、宮城先生に相談すると「タイ古式は手渡せませんよ」とニコニコ笑顔であっさり断言。

なるほど。

タイ古式は自分で見つけていくもので、誰かや何かより学ぶものではないのです。

でも自分で見つけていくにはあまりにも情報が少ないため、今まで手にしている知識や技術と結びつけようとするのですが、他の何にも似つかず、他の何にも属していません。本国タイで教えているタイ古式マッサージとも違います。私はもともと指圧やストレッチタイプのタイ古式を習ったことがないのでその情報は頭や身体に入っていませんが、フーレセラピーや整体、アロマテラピーなどは学んでいます。もし「かつての技法は捨てられない、今持っているものは捨てられない」という場合はその思いを持ち続けたままタイ古式をやるしかないのですが、かつての技術や知識が邪魔をして混乱します。さらに「こうしなさい」という正解がないため「これでいいのだろうか?」と常に自分のやることに自信が持てません。

そんなこんなで、タイ古式は自分との対話です。受けても受けなくてもいいのと同じで、続けても続けなくてもどちらでもいいものですが、頭でいくら考えても答えは出ないため、身体を使ってタイ古式を知るしか方法はありません。時間をかけてゆっくりと風が自分に吹いて来るのをひたすら待ちます。