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タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

バンタ(チャクラ)について

先日のタイ古式のレッスンで「チャクラとは何か?」についての資料を読みましたが、ここにも少しまとめてみます。

「チャクラ」とはサンスクリット語で「車輪」を表す言葉で、人間の生命や肉体、精神のはたらきをコントロールする、非常に重要なエネルギー(中国では「気」、古代インドでは「プラーナ」)の出入り口のことである。

主要なチャクラは、背骨に沿って7つあり、外界と体内の気のエネルギーの交換を行う。ここを出入口にして、外界から体内へ、また体内から外界へと、それぞれのチャクラから、「気」(プラーナ)のエネルギーが、らせんのように渦を巻いて出たり入ったりしている。

第1チャクラ(生殖器と肛門の間)

生命力、パワー、安定、情熱

第2チャクラ(丹田

感受性、情緒のバランス、セクシャリティ

第3チャクラ(みぞおち)

自信、不安、エゴ、個性、理性、責任感

第4チャクラ(両胸の間)

慈愛、希望、信頼、喜怒哀楽の感情

第5チャクラ(喉仏の下)

意志、知識、創造性、判断力、表現力

第6チャクラ(眉間)

知性、精神の成熟、直観、超感覚

第7チャクラ(百会:頭の頂点)

宇宙・神との一体感、超能力

1~7のチャクラが開いているとキーワードにあるような感覚が正常に働く。チャクラは身体の部位や器官、臓器とも関連している。

チャクラを開いて能力を引き出すためには

・周りの環境を清潔に保つ
・自らプラスの言葉を発する
・添加物やファーストフードを出来るだけ減らす
・肌につけるものの質にこだわる
・ヨガ、瞑想、座禅、太極拳、気功など、エネルギーワークの時間をもつ
・パワースポットに行く
・動植物に触れる

パワーストーンや波動製品を活用する
・風水を取り入れる
・心と身体の浄化を行う などなど、、、。

私はほぼ毎日タイ古式をやっていますが、上記に書かれてあることを実感したことはありません。能力を引き出すためには多くのルールを実践しなくてはならず、大変だな~と感じます。タイ古式では自分のチャクラが正常に働いている、活性化されているかどうかはわかりませんが、お客様のチャクラ(バンタ)が働いているかどうかは風の動きでなんとな~くわかります☆

タイ古式で扱うバンタ(チャクラ)は3つです。風がバンタを通り抜ける時は息苦しくなったり、ムズムズしたり、身体のあちこちに痛みの感覚が生じることがあります。※辛くて耐えられない場合はセンや風の門を変えますのでどうぞご安心下さい。

タイ古式で扱う3つのバンタ(トリバンタ)は以下の通りです。

①ムーラバンダ(肛門)
「ムーラ」とはサンスクリット語で根、原因、基礎、足元という意味で3つの中で最も重要なバンダ。膝の調整よりムーラバンタに働きかけます。

②ウディヤナバンダ(お腹)
下腹部にあり内臓と関わりの深いバンタ。腹部の調整で風の門を開きます。

③ジャーランダバンダ(喉元)
腕や首の調整で発動させます。

触覚を軸にあらゆる感覚でバンタの動きが確認できます。バンタの調整ができたかどおうかはタイ古式を受けた後のお客様に起こるさまざまな変化でわかります。つまり気やプラーナに風が作用します。※この概念はおそらくタイ古式にしかないと思われます。しかしながら、バンタを発動させようとしてタイ古式をすると発動はせず、症状改善へと意識を働かせると、そこからどんどん離れていきます。「前向きな欲」が理解できないままタイ古式をやるとかなり面白くないタイ古式になります。何かの目的を達成しようとする欲が純粋な波動なら問題ないのですが、自分自身の波動や思いは陰と陽の半々ですから、お客様と私の間に風を介すると安心、安全です。タイ古式はやる側にも受ける側にも「欲はほどほどやそこそこがいい」ということを教えてくれます。欲をほどほどやそこそこにするために風に助けてもらいます。タイ古式マッサージは意識を集中して欲に近づくのではなく、意識を外して欲から離れる行い(ふたりヨガ)です。 

新しい朝

「純粋な心」が欲しいと願うのはもうあの頃のような純粋な自分ではないから。あの頃のように、、、とはいかなくとも「もう少しマシな人になりたい」と常日頃から真面目に考えていたからこそタイ古式に出会えた。タイ古式をやると幼い頃の懐かしい記憶とか自分が今頑張っていることとかこれから先のことなんかをなんとなく想像できる。タイ古式に出会って以来、思いつきがひらめきへと変化し、時々揺るぎない直観が働くようになった。数字のことを調べ始めたら、ガイドナンバーの存在を知り、私のガイドナンバー「3」が想像を創造(クリエイト)していくことの喜びを教えてくれた。その純粋な輝きは誰の中にも存在していて、私はそのキラキラとした無限の可能性をタイ古式で出会うお客様へ伝えていきたいと思っているし、私なら伝えていけると信じている。私のアースナンバー「9」がそのことを示唆しているから。天(ガイド)からのサインを人(私)が受け取り人(お客様)へと繋ぎ、地(アース)へと降ろしていく。繋ぐ行いはヨガそのもので、過去は今のためにそして今は未来のためにあるのだから、今この瞬間も未来へと続くのだ。人も自然も地球も宇宙も時間軸で繋がっていて続いていく。なので、まずは今日という1日を頑張ります!!

皆さまも素敵な1日を♪

ヨガとタイ古式マッサージ

ヨガが偉大な父ならタイ古式はやんちゃな子供かな?と思います。ヨガは独自のポーズと呼吸によって精神を集中させ瞑想をする事が目的で、主に「精神」に効果があり、悟りを開くために用いられる身体技法のようです。※ヨガをもっと知るためのコラムYOGA COLUMN 「ヨガとルーシーダットンの効果の違いとは?」というページを参考にしました。

コラムによるとルーシーダットンタイ古式マッサージは同じ流れを汲んでいてヨガは「精神」に、ルーシーダットンやタイ古式は「肉体」に大きな効果が期待できるようです。しかしながら、、、私の学んだタイ古式では効果は期待できません。ちなみに私の知っているルーシーダットンも笑ってしまうくらいゆる~い感じで、やらなくてもいいようなものです。

偉大な父(ヨガ)の教え「肉体を強化しチャクラを活性化させ、潜在能力のコントロールや『なりたい自分になる』という能力開発の手段」としてはタイ古式は役に立ちませんが、ヨガの教えやヨガをやる目的を忘れてしまうことには大いに効果を発揮します。集中を外し、目標や目的を変えてしてしまうためにタイ古式は作られました。そもそもタイ古式ではチャクラの活性化がどういうことなのかはわかりません(汗)。「おいおい、そんな感じで大丈夫なのかよ?」と思われそうですが、そういうユニークな特徴がタイ古式の魅力で面白いところです。不真面目でいい加減なゆえ?タイ古式が病気や症状の改善などに直接働きかけるということはありませんが、治療と併用して受けると治療の効果を高めるそうです。なので、受けてみるといいことがあるかもしれません。とまぁ、なんだか説得力も責任感もありませんが、それでもタイ古式は無限の可能性を秘めた技法だと個人的には思っています。期待を外し、自分の思いのその限りではないという場所へ連れて行ってくれます。自分が得たいと思っていた真理とは違う気づきがナナメ上から降ってきます。「え~そんなこと当てちゃうの??でもその情報は問題解決の役に立たないんですけど、、、」というようなことを伝えてきます。例えば

「コーラが好きなんですね~」

「今週末は『寝る』と決めていますよね?」

「辛い時はマンガを読んでリフレッシュするんですか?」

「ダンナさんにナイショでタバコ吸ってませんか?」などなど。

お客様は「なんでわかるんですか??」と驚かれますが、風の精霊はお客様のお茶目でチャーミングな個性やほっこり気の抜けるようなリラックス法を私に伝えてきます。が、、、毎回そうではないですし、タイ古式をやってみなければどんなサティが降ってくるのかはわからないので、何度でもやりたくなります。タイ古式でやってくる精霊と遊ぶためには、純粋で子供のような遊び心で受けて下さることをおススメします。

今日は新しくスタートしたタイ古式のレッスンでチャクラのことを話しましたが、無邪気なエネルギーは丹田と関係があると今日参考にした資料に書いてありました。あ、でもバンタ(チャクラ)の働きを意識したり、バンタの活性化を目的としてタイ古式をやるわけではないため、知識として丹田のことを学んでもその知識は必要なくなってしまいます。

さて、明日はどんなタイ古式マッサージになるのか?明日も楽しみです☆

口伝伝承の技2

タイ古式はセンや風がわかるようになればとても面白いので、飽きることなく続けられますが、センと風が理解できない間は続けていくのが大変な技法です。私も長い間、センの存在に気がつかず、センを意識しないままなんとなく形をやっていましたが、ある日急に「形」が「型」へと変化し、センのその先にあるタイ古式の奥深いワールドへと導かれていきました。

タイ古式に関する参考資料や書籍には「セン」についての説明は書かれてありますが「これがセンに触れている感覚です」という具体的な記述はないように思います。感覚は人それぞれですし、言葉や文章にして書物に残すこと自体が難しいのかもしれません。でも幸運なことに、私の師匠の宮城先生が本国タイでセンや風を知っているタイ人のお師匠さん(ワチャカ先生と言うお名前だそうです)に出会い、その技を私も分けてもらいましたので、私も生徒さんとのレッスンで「これがセンで、これが風です」と伝えることは可能です。

タイ古式のことが「わからない」から「わかるようになる」までの待ち時間は、師匠のやり方をマネし、忠実に再現できるように努めていました。でも、「先生のようにできない、先生のようにはなれない」が私の口グセで、そんなイジけた私に師匠は「僕のようにならなくていいんですよ」と言っていました。その言葉には「どんなに頑張っても(頑張る必要もなく、頑張ることはムダな行いとなることもあります)僕のようにはなれませんよ」という意味も含まれていて、先生は生徒さんたちへと手渡した技がそれぞれの個性に応じたオリジナルへと変化することを最初から知っているのです。その人を取り巻く環境や経験や興味といったさまざまなエッセンスやスパイスの入ったその人にしかできない味のあるタイ古式マッサージとなるのです。

まぁ、とにかく「わからない」が「わかる」へと切り替わるまでの間は苦労の連続です。いつ「形」が「型」へと変化するかはわかりませんし、必ずそうなるという保証はどこにもありません。そんな曖昧な技をやり続けてきたなんて、、、。

「タイ古式を早く習得したい」という欲が働くと、センや風を分かったつもりになったイメージ先行の「頭で考えるタイ古式」となってしまいます。残念なことに、思考を使うと風はやってきません。頭で考えるタイ古式をやるとお客様に不具合が生じます。多くの型を必要としない古いタイプのタイ古式マッサージは、手技が少ないため、風を捉えられないとご予約の時間が退屈で苦痛になります。そうなると本来のタイ古式を知る前に「自分のイメージした技法と違った」と早々に見切ってしまったり(そもそもイメージしてはいけないのですけど)、興味が薄れて他の技法へと移行していきます。個人的には「もったいないな~」と思うのですが、タイ古式が良い通過地点となるならそれはそれでいいことなのでしょう、と、、、書いていますがやっぱり残念な気持ちになります。私がタイ古式の良さや面白さを伝えることができなかったという現実に情けなくなります。でも師匠は「いや~タイ古式を上手く伝えたり、手渡すなんて無理ですよ~」と最初から諦めていて、そこが師匠の凄いところで尊敬しています。いつまでも越えられない師匠の存在に安心します。

タイ古式はやる人や受ける人を選ぶそうなので、私は選ばれたい一心でタイ古式をやっていますが、しがみつくと突き放され、追いかけると逃げていくので、本当に憎たらしくてイヤな感じですが、そーゆーところもタイ古式の魅力で、そーゆーところも含めてタイ古式が好きです。わからないことや真実を追い求め、その過程には辛いことも苦しいこともありますが、お客様とのひと時は笑いあり、涙ありのヒューマンドラマがあふれていて、そのやりとりの中でお釈迦様の慈悲の心に触れると明るい希望の光を感じます。センを通る風が私を魂の旅へと連れて行ってくれます。

自然治癒力

白なのか黒なのか?イエスなのかノーなのか?どちらかわからない、はっきりしない間や結果や結論が訪れるまでの待ち時間は歯がゆくてジリジリしますが、明日や未来へと繋がる大切な通過地点です。タイ古式で触れる風も心と身体のすき間や、関節と関節の間に存在しています。風を集めたり散らしたりしながら心身の程よい場所へと着地します。内側と外側や心と身体を繋げてくれる自然治癒力は自分自身の中にあります。タイ古式で風に揺さぶりをかけていくことで物事が流れそして動き出します。なんとなく思いついた時にタイ古式を受けると内なるチカラが働き古代の叡智を感じます。でも、風は自由気ままでつかみどころのない存在ですから、どのようなギフトを受け取るのかは受けてみなければわかりませんし、受けた後にしかわかりません。自然のエネルギーや存在を体感できる不思議なタイ古式マッサージをぜひお試し下さい☆

症状改善のないタイ古式マッサージ

私は「タイ古式が肩こりや腰痛などに有効又は効果的である」と習った記憶がありません。症状改善のためのアプローチはタイ古式の形や手順の中にはありません。「形」はセンを探すために行うもので、Sen(セン)は風の通り道です。でもある時から「形」が「型」へと変化し進化を遂げました。すると「おや?」というような現象が起こり始めます。「なぜこの型があるのか?なぜこの型をやるのか?」が自分の軸に入ると「セン」に触れられるようになり、風の過多や過少の部位がわかるようになります。さらにセンは心や思考へも繋がっていて、その時にもよりますが、色々なことが伝わってきます。私は自分が食いしん坊だからなのか、最近はよく今お客様に必要な「味」がします。匂いや味覚で「お客様の調子が整う食べ物」がわかります。「音」はだいたい霊的なことを知らせてきます。過去の記憶やお客様の過去生は視覚(ビジョン)で視ます。お客様のバンタ(チャクラ)が私の5感(触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚)と共鳴して色々なことがわかります。お客様のバンタより風が発動すると他の要素(火、水、地)に作用していきます。私の場合「げっぷ」は風の働き、つまり症状の原因となる風の詰まりや乱れへの作用を表わすサインです。「あくびで出る涙」は水のサインで、感情のリリース。丹田より出る大きなあくびは地のサインで、バンタの調整を知らせています。内側の熱が放出されてお客様が汗をかくパターンは火の作用で、慢性的な疲労からの解放となる場合が多いです。※これらはあくまでも「めやす」です。

タイ古式マッサージでは自分のバンタは動きませんので、呼吸法や瞑想など自分自身の内観のトレーニングはあまり重要ではありません。お客様のバンタの働きによってさまざまな変化が引き出されていきます。身体の改善がやってくることもありますし、心の気づきもありますし、頭へと上昇したエネルギーを足元へ降ろしていく場合もあります。全身を駆け巡る風のエネルギーが神秘な世界と現実を行ったり来たりしながら、心身を調整していきます。心と身体の症状改善だけではないもっと先へと導かれます。お客様へと感覚の手渡しがうまくいった時は「タイ古式って面白い!楽しい!」と子供のように純粋にはしゃいでいます。ちなみに上手くいかなかった時は忘れます。タイ古式マッサージでの症状改善はただ通り過ぎていく経過でしかありません。風の入口(ウインドチャンネル)を開けると、自分の思いがその限りではない世界が広がっていますが、症状改善を意識してしまうと、本当に見たいことが見えなくなってしまいます。タイ古式で導かれる場所へ行くためには、自分の考えを信用せず思いを少し横に置いて、ありったけの好奇心と遊び心でタイ古式をやります。私はタイ古式で到着する場所へと何度でも行きたくなります。それはまるで魂が求める懐かしい場所へと旅に出ている気分です。実際のインドやタイには行きません(笑)が、私は意外と旅好きなのだな~と思います。文章で書くとかなり怪しくなるというか、何を言っているのかよくわかりませんので、まずは受けてみてご自身の感覚でタイ古式マッサージがどういうものかを受け取って下さい。皆さまが辿り着く場所はどんな場所なのでしょう?きっと楽しい旅になりますよ☆

技が本物になったとはどういう意味?

Aさん(お客様)「『先日のブログにタイ古式が本物の技になった』と書いてありましたが、それはタイ古式が症状改善に効果が出るようになったと言うことなのですか?」

私「いいえ~残念ながら私のタイ古式は『なんとなくスッキリした』や『やる前よりは少し軽くなったかな?』くらいのもので、『症状改善の壁は越えられない』と諦めたからこそ、私のタイ古式になったと思っています」

Aさん「では技が本物になったとはどういう意味ですか?」

私「タイ古式は『思いを横に置いたり、思いを捨てるトレーニング』だと師匠より聞いていますが、私はある時からタイ古式にも自分にもそれほど期待をしなくなって、期待をしなくなると面白い時間になることを発見し『面白い』以外を望まなくなると、時々ギフトとして症状改善がやってくるので、このまま続けていくと『いつかは師匠のような症状改善型のタイ古式ができるようになるかも』という新たな期待が生まれたので、引き続きタイ古式をやっています。 ○○○さんはなぜタイ古式を受けるのですか?」

Aさん「う~ん、、、。時々なんとなく受けたくなるから。でも本当に腰が痛くなったら整体に行きますし、鍼灸にも通ってますよ」

私「そう、それでいいんですよ~。その時必要だったり行きたい場所に行くのが1番ですよ~」

タイ古式は「自分の思いを横に置く、忘れる」という慈悲喜捨の「捨」を体感できる2人ヨガで、その感覚やエネルギーが心と身体に影響を及ぼします。

やる側の私はひたすら「風」を意識してご予約の時間を過ごします。お客様もタイ古式を受けた時間をただ通り過ぎていけば風に導かれてちょうどいい場所に着地(グラウンディング)します。呼吸法やポーズ、イメージングは必要ありません。

私は古いタイ古式の教え「SEN (セン)の中の風」を知っています。自分が触れているSEN を理解していますし、その中に在る風を知っています。そういう意味では私はタイ古式がわかるようになっていて、やり続けていれば「自分の思いを越えたタイ古式マッサージに出会える」と信じています。その期待や好奇心は私の中から消えることはありません。疑うこと、確かめることを経て「タイ古式が本物の技である」と信じることができるようになりました。「結果」を諦め、「結果を求める自分」を忘れ、「『結果の意味や価値』はそれほど重要なことではない」という意識が私の中に入りました。この感覚は私の中にあった「生きることで生じる苦しみ」を軽くしてくれています。自分の中身が変わったことで技が本物になりました。なので症状改善はなくてもいいんです。