タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

売上と集客その⑤

店舗を借りて本格営業を始めた年は「好きなことを仕事にしたい!」と必死でした。好きなことで収入を得るために、試行錯誤しながらさまざまなことにトライしました。でも、どんなに手技を学びメニューを増やしてみても、いつまでたっても何かが足りなくて、その「足りない何か」が埋まることはなく、悶々としていた時にタイ古式マッサージに出会いました。でも残念なことに「これいいかも☆」を見つけた喜びと好奇心はどんどん不安や懸念へと変化し、自信もコレと言った信念もなくたとえ信念を持ったとしても、それがどんどん打ちのめされていく中で「好きなことで収入を得る」ということをいったん諦めました。「今いただいているご予約が私の実力で現実」ということに納得し、受け入れていくと再び「好きなこと」と「収入を得ること」がどんどん近づいてきてひとつに融合しました。この経験はタイ古式で体感そして習得できる慈悲喜捨の「捨」です。「捨」は観念。観念とはあきらめて状況を受け入れることです。自分の理想を捨てて現実へとシフトしていけば、今度は自分の思いや望みが向こう側よりやってきます。自分の内側にある望みや願いをかなえていくのではなく、自分の外側から望みや願いが叶えられていきます。手技で言うと押して引く。シンプルですが身体に広がるセンというエネルギーラインより相反する2つのアプローチを繰り返していくと、思考と感情と身体がひとつになり、ちょうど好い場所へと着地します。

私はこれからも現状満足、現状維持を目指します。でも、もし別の流れが来たら、その流れを受け入れていけるようになりたい。風に乗ってきっと今よりもっと柔軟にやっていける気がします。

「風のように自由に気ままに流れるままに」

私の理想で憧れです。でも、完全ではないそこそこやほどほどの世界、理想に限りなく近い「今」が自分の立ち位置で、私のちょうど好い場所です。

タイ古式と占い

スピリチュアルや霊感などに興味を持っていた時期もありましたが、過度に興味を持つとおかしな方向へと行く、と最近は思うようになりました。知りたくても結局わからないことはわからないままだし「視える、聞こえる、感じる」も自分の想像や妄想の産物ということもあるでしょう。なので、占いもタイ古式も霊感など働かない方がちょうどいい。受けても受けなくてもどちらでもいいような曖昧さは自由そのものだし、風のつかみどころがなくコントロールできないところがいかにも自然っぽい。というところへと落ち着きました。

相変わらずそれがなぜかはわかりませんが、タイ古式は症状改善に抜群に効果を発揮します。占いも時々ものすごく当たります。でも次受けてみるとそうでもなく前回の方がよかった、なんてことももちろんあります。そもそもタイ古式は過度な期待や欲や煩悩や執着をトーンダウンさせるための技術で、「ちょうど好い加減」や適当(ふさわしい、かなっているの意)へと変換してくれますので「受けるといいことが起こる♪」と個人的には思っていますが、いいこと尽くしかどうかはやってみなければわかりません(笑)

 

 

信じるために

信じるために疑い、信じるために確かめる。

でも、1つの真実へと向かうための作業は、かなりのエネルギーと労力を費やします。なので途中でめんどくさくなって「本に書いてあるから、報道されているから」や「本人がそう言っているのだから、そういうことでいいんじゃないの?」と答えをひとつの方向へと決めてしまいがちですが、自分で確かめた方が視野が広がります。ちなみに私はタイ古式関連のテキストに書かれてあることが本当にそうなのかどうかを実際にタイ古式をやる中で確認しています。

頭や心の中に「あれって本当はどうなんだろう?」や「あ~早くなんとかしないとなぁ」と気になってモヤモヤしているとエネルギーの循環が悪くなってしまいます。では何事もはっきりさせた方がいいのかと言うとそうでもない。しっくりこないことはハマるのを待つしかないし、決断したりいざ行動するタイミングを見計らうこともあります。そんな変化のない時や「もしかしてスランプ?」という時はタイ古式は大いに役に立ちます。役立つけれども「問題解決のために役に立つ」という意味ではありません(笑)。「あ~早くなんとかしないといけないんだけどなぁ」というモヤモヤをいったん吹き飛ばします。空気の籠った部屋の窓を開けて風通しを良くすると、スッキリ気持ちが良くなるように、心と体の風を通せばエネルギーが回り始めます。そうすれば、また新しい何かを考えたり思ったりするようになるでしょう。その新しい考えや思いが実は風が運んできてくれた精霊のサポート(霊性の伴うひらめきでサティ)です。あ、でも、もし新しい考えや思いが浮かんでこなくても別にそれでもいいんです。窓を開けて風を通せば室内の空気は変化します。それと同じように、頭と心と身体にも風を通せば自分や自分を取り巻く環境も自動的に変えることができます。

それ(タイ古式)を繰り返しているせいか、私は行動するときは行動しますし、しない時はしないでその時が来るのをタイ古式で気晴らししながら待つ、待てるようになりました。で、「ん?なんかおかしいぞ」と思うことがあれば、その都度、その感覚を確認するという習慣もつきました。

疑うことは真実への一歩。純粋な気持ちで信じたいし、自分の中の純粋な気持ちを大切にしたいから、私はつい疑ってしまうのかもしれません。

プラスとマイナスの間

言葉は人の意志や思いを伝える手段のひとつですが、音楽や歌や踊りやアートなど、他にもさまざまな方法があります。そしてタイ古式マッサージもやる側と受ける側に言葉ではない何かを伝えてきます。魂のステージが高い方やスピリチャルがわかっている方には、言葉や会話でやりとりするよりタイ古式を受けてもらった方が話が早い!です。ご来店の目的や自分のあれやこれやを説明するのがめんどくさい、又は「何も話したくない」という心模様の時にもその意志を尊重してくれます。

タイ古式マッサージは言葉ではない別のツールで心と身体に語りかけ、心と身体を変化させていきます。私もツールの一部という役割を与えられていますが、タイ古式の後はお客様と打ち解けて仲良くなれますし、初めてお会いするお客様でもまるで古くからの友人のように会話が弾むこともあります。

さてさて、言葉なくして自分を知るとはどんな感覚なのでしょう?

受けたことのない方は1度お試しいただく価値はあると思います。型や手技、施術の流れなどは毎回同じですが、内容は毎回違いますので、飽きることなくやればやるほどますます奥深く、お釈迦様の慈悲の心がセンを通して伝わってきます。時空を超えてロジックを越えて思考や身体を越えて天と人を地へと繋げます!!

と、かなり大きなことを書いてしまいましたが、昨日と同じことを今日もやればきっと大丈夫。私はタイ古式が好きでタイ古式がもたらす可能性を沢山経験してきましたので、技を心から信頼しています。と言う感じで、日々真面目に本気でタイ古式に向き合っていますが、そんな自分自身のことはそれほど信用していません。

「ん?どういうこと?」

この「信じている」と「信じていない」という間が天と人と地を繋ぐ中継地で、風や存在とコンタクトできる場所です。身体で言うと関節と関節の間になります。身体の隙間やゆとりから心の余裕を探します。タイ古式では人の身体を巡る72、000本ものセン(エネルギーライン)には風という波動が存在し、私達に何かしらの影響を与えている、と考えています。風が集まりすぎたり、少なすぎると不調の原因になるため、風を集めたり散らしたりという地味な作業を繰り返しながら、ちょうどいい加減の場所へと着地していきます。

以上、タイ古式マッサージのホントにマニアックな話でした。

普通で行こう!

「占いを始めてみると、お客様の波動を感じたり読み取る時に、自分の主観や思い込みといった余計な雑念が混ざり合う気がして、不安になってしまいました。」

と思っていた私の心模様の解決策は、、、

余計なプレッシャーから解放され、自由にご予約をこなせるようになること、でした。

タイ古式をやるとさまざまな感情や思考を風が吹き飛ばしてくれますので、悩みや不安が半減します。部屋中の窓を開け放つように、心と身体の風の通りをよくすると、心地よくスッキリします。

タイ古式をやればやるほど「霊感を持ちたいと思っていたけど霊感(お客様が知りたい未来をピタリと当てる能力)はない」がどんどん自分の中心に入っていきます。私の思考や心はコロコロ変わるため、自分を信用していませんし、信用してはいけません。なので風やタイ古式に任せた方がお客様の状態も整います。

タイ古式マッサージは身体のセンから思考や感情のプラスとマイナスを調整し、心と身体をフラットな状態にする技法です。

「私は自分軸が定まっておらず、バンタ(チャクラ)も強化されていない上、メンタルも非常に弱い、、、。「占い師やセラピストとしてどうなの?」という不安要素ありあり、です。」

自分で思い込んでいた懸念材料でしたが、タイ古式や風はそんな普通の私をタイ古式の施術者として選んでくれました。

私の知るタイ古式では自分の軸は関係ありません。例えば極端な話、セラピストが不機嫌でも、風はその心持ちに興味はなく、当人もタイ古式が終わる頃には穏やかになります。

バンタ(チャクラ)が強化されていなくても特に問題はありませんが、バンタの仕組みを知り、その動き(クンダリーニ)に出会うと「おぉ~」と驚きます。宮城先生(私の師匠)とはその話で盛り上がります。

メンタルの弱さはタイ古式(型と風)がカバーしてくれます。「面白い」と感じたことや「必要かも」というメッセージはお客様にサラリと伝えることができます。自分の言葉に不安や心配はついてきません。メッセージはセンから伝わってきたことで、自分の意志とは関係のない感覚です。もし伝えなくてもいい場合はお客様は静かにお休みになられていますし、「何かを知りたい」という方は私に質問して下さいます。施術者にとってタイ古式は「伝えたいというエゴをそこそこやほどほどにするトレーニング」で、思いを制止させる練習です。しかしながら、タイ古式から離れると私はたちまちメンタルが弱くなり、感情が乱れ、妄想が暴走します。そんな自分と上手く付き合っていくために日々タイ古式をやっています。

私はタイ古式を通して物事を疑い、確かめ、その時起こる出来事に実際に遭遇した体験を経て、沢山の真実に出会い、少しずつ自分を信じられるようになりました。

「自分の頭や心の中にあること(悩みや不安)など、大したことではない。だからもっと気楽に過ごそうよ」と精霊はささやいています。

タイ古式でいうところのヨガとは

「内側の自分を見つめるのではなく、外側から見える自分を見つめ、さらに自分の内側にあることを外へと解放し、外側の世界へと繋げていくこと」

だと思います。

ちなみに普(あまねく)の意味を調べてみると「すべてに広く行き渡るさま。すみずみまで。漏れなく。」とありました。

「懸念材料は色々あるけれど、タイ古式や風はそんな普通の私をタイ古式の施術者として選んでくれました。」

風が普く通るためには普通の感覚の方がいいようです。

これからも特別な期待をせず、余計な責任を背負わず、自由に気楽にタイ古式を続けていきたいです☆

タイ古式と占い

占いを始めてみると、お客様の波動を感じたり読み取る時に、自分の主観や思い込みといった余計な雑念が混ざり合う気がして、不安になってしまいました。

もしも私が

自分のパっとひらめくことや感じることがお客様を陥れたり落ち込ませたり嫌な気分にさせない波動(言葉やその時の空気感)ならば、発信元は気にしないつまり「存在からのメッセージではなく自分の思考の産物だったとしても気にしない」と強く思い、その意志を自分の軸に据えることができるなら問題はないのでしょうが、プライベートな出来事でその瞬間「いい☆」と思っても後にそうでもなかったりすることもあるため、自分自身の思いや考えがまぁ~信じられませんし、正しいか正しくないかの判断はますますわからなくなります。私は自分軸が定まっておらず、バンタ(チャクラ)も強化されていない上、メンタルも非常に弱い、、、。「占い師やセラピストとしてどうなの?」という不安要素ありあり、です。霊感もさほど強くないので、自分自身の「見える、聞こえる、感じる」が信じられず、早い段階でセッションの限界を感じてしまいました。※占いは好きなので、数字とタロットの可能性は信じていますが、それを伝える自分が信じられません。

でも、占いにタイ古式をプラスすることで、私の悩みや懸念は解消されました。風=LOM(ロム)が私の感覚をサポートし、自信のなさをカバーしてくれたり、フォローしてくれます。風は「お客様の深い部分に入り込んで余計なリーディングはしたくない」という私の意志を尊重してくれます。私のセッションは私とお客様との直接的なやり取りではなく、風が双方の間に入ってくれますので、安心、安全です。私自身、風の優しさに包まれると余計なプレッシャーから解放され、自由にご予約をこなせるようになりました。

「見えない存在との信頼関係がありますから、大丈夫です!」

なんて言い切ってしまうのも怪しいのですが、、、お客様に触れればそこに風があることがわかりますし、うすぼんやりと浮かんでくるビジョンや匂いや味や聞こえてくる音についてお客様に確認してみますと、徐々に色々なことが繋がっていきます。「こ-ゆーのを『霊能力』って言うんじゃない?」とその瞬間思わせてくれたりするのですが、私はタイ古式をやっているので調子に乗らないトレーニングはしっかりガッツリ積んでいます。もし、勘違いしようものならタイ古式が下手になります。もし、自分の目的やエゴのためにタイ古式を利用しようとすると風は私に近寄って来なくなります。風は自由な存在でコントロールすることはできないため、私と風や風が繋げてくれる存在や波動?との間に支配と依存の関係は成立しません。純粋な好奇心でご予約時の出来事を「面白い、面白かった」と感じていれば、それがシックスセンス(第六感)となっていきます。

タイ古式をやると混沌とした日常で忘れてしまった自分の内側にある遊び心や本質を思い出します。どうやら自分の「原点」や「源」や「中心」や「軸」を思い出すとリラックスし、心身がリセットやリカバーされるようです。タイ古式は身体や身体のセンを通して想い(心)や思考へと働きかけます。時には泣いてしまうくらい感動的な時間となることもあります。

風が運んでくれるその時限りの素敵な時間をどうぞご体感下さい☆ 

タイ古式マッサージの魅力

タイ古式の魅力は色々あります。

風のエネルギーは言葉だけでは伝えにくいものですが、受けたり施したりするとなんとなく感じていただけます。技法を習得したい方にはレッスンを通して沢山の「面白い」や「不思議」をお見せすることもできます。でも、その時限りの出来事なので、また次もタイ古式をやらなければなりません。「こうだ」という決まった定義がないため「今回はこんな感じでしたね」という場所へ着地します。タイ古式をやった時間は消えてしまうため、またタイ古式をやります。そうやって「その時限りの出来事」を積み重ねていくことで、タイ古式を習得していきます。が、、、タイ古式は自由でつかみどころがありませんので、自分なりの考えや価値観で捉えようとするのですが、その考えや価値観は変化します。

タイ古式が上手くなるコツは、意識して上手くなろうとしないことですが、「知りたい欲」と共によくわからなくても続けていくことです。やがて多くを諦めて「知りたい」と「知ることはできないだろう」のちょうど中間の地点に意識がきた時にバンタが発動したり、サティを得たりします。半覚半眠の状態がその意識だと思うのですが、瞑想や呼吸法のように意識からその状態に入っていくのではなく、センを押して引いて中間へと近づいていきます。タイ古式をやれば何かがわかるかもしれないし、わからないかもしれない。けれど、そのどちらなのかはやっぱりやってみなければわからない。そこがタイ古式最大の魅力で面白さです。