タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

ロムに触れるタイ古式マッサージ

タイ古式マッサージにはこれといった決まりがないため、上手いとか下手という概念が存在しません。でもタイ古式を習う時「タイ古式が上手になりたい!」という思いや何かしらの目的を持っています。例えば「お客様に喜ばれたり選ばれる技術を提供したい」とか。で、その思いの中には「私や私の技術を認めて欲しい」という承認欲求が多少なりとも含まれていたりする(それがいいとか悪いとかそういう話ではありません)のでしょうが、その思いでいざ実践していくと「私は上手いのか?それとも下手なのか?」という価値観を自分の中で勝手に生み出してしまいます。しかしながら、受講前に先生には

「ナーブタッチ(一般的なタイ古式と区別するためにナーブタッチという名称で呼ばれています)は自分の思う通りにはなりませんよ~~。もし、お客様に喜ばれ、期待に応えるメニューを出したいのであれば、ナーブタッチではない別のメソッドを学ばれた方がいいですよ~~」

と言われます。でも、知っているのですよ。「この技の中には何かがある」ということを。だからこそ「その何かが何なのか?」を知るためにタイ古式をやり始めるのですが、タイ古式は目的や目標を達成するための役には立たないため「何かの正体はわからないかもしれない」と思いつつも、引き続きタイ古式をやっていきます。やらなければ先へとは続いていきませんし、、、。すると、知りたいと思っていたことが別の何かへと変わっていき「私はタイ古式の中に何があると思っていたのだろう?」となり「まぁ、いいのかな」というくらいの気持ちで日々を過ごしていくようになります。真面目に「結果を残そう」という心持ちでタイ古式をやっても、終わる頃にはその気負いが排除された場所へとひょっこり着地しています。ということは、ぶっちゃけ技術もセラピストの人間力も必要ないわけです。そもそも上手いも下手もないのですから努力してもしなくてもどちらでもいいですし「決まりがない」ということは「どれが正解なのかがわからない」ため努力のしようがありません(笑)。なので習ったこと、覚えたことをただやればいいというか、やるしかないのです。余計なアレンジやよそで学んできた何かを加えず、地味にシンプルにひたすらその時間を越えていけば、そのうちに型を使ってセンがわかるようになり「このタイミング」という感覚でニンをとらえ、とらえたニンよりロムに触れることができるようになるのでしょう。ただし「いつそうなるのか?」を知りたくなる欲が生じますが、そこにこだわる欲をロムがごまかしたりはぐらかしてくれます。で、そうこうしているうちに「タイ古式の中にある何かとはロムのことなのね」と気がつくようになるのですが、ロムと親しくなる前に真面目な人は色々なことを思ったり考えたりまたは不確かで「こうだ!」という手ごたえのなさに価値が見いだせず、なんとなくフェードアウトしてしまいます。

「私の伝え方が悪いのかもしれない」と先生に相談してみても「タイ古式はそもそも手渡せるものではないですからねぇ~」で終わってしまうため、これもまた「自分なりの伝え方を模索していけばいいということなのだろう」という風にいったん受け止めておいて、別の解釈やら他の答えとやらが向こう側よりやってきた時はそれを受け取っていきます。

このように、色々ごちゃごちゃ考えたり思ったりしながら答えが見つからないままタイ古式をやり続けているうちに私の生き方は変化していきました。そしてロムが何かがわかりかけてきた今のこの時点では、、、

タイ古式でロムが発動すると人や自分との距離感を図ることができるようになりますし、思う通りにならない時や「これ、いつまで続くわけ?」という先の見通しがつかない時のどうしようもないイライラやジリジリといったやるせなさをトーンダウンさせてくれます。思う通りにいかないことに絶望せず期待せず前向きに諦めて次の展開を受け入れていくための柔軟性やコンディションを作ります。部屋の窓を開けて空気の入れ替えをすると気持ちがいいように、心と身体の風通しをよくするとカラダの力が抜けていきます。緊張が強い方ほどタイ古式を受けた後はダルくなったりマッタリしますが、その後3日以内には心身共に健やかになり、その爽やかさは「次、また受けたいな」という時まで持続します!

おやおや、タイ古式は大した行いではなかったのでは??

頭ではわかりません。言葉や文章でも伝わりません。タイ古式は参加すること、実践することで自分なりの真理を自分ではない人と共有しながら得ていく行い(ヨガ)です。でも単純にタイっぽく「いいことがあるというからタイ古式を受けよう」でイイと思います。私もタイ古式が好きだから、ロムの感覚が好きだからタイ古式をやっています。他のことは何も要らない。ロムに触れることができれば心も身体も物事もすべてちょうど好い方向へと向かっていきます!

な~んて何の根拠もありませんし、本当にそうなるかどうかもわかりませんが、期待しつつ期待をハズしつつ、ただただ好きで私がいいと思っている技法をこれからもやります。※ちょっと今は家族のことでお休みしていますが、それが終わったら再開します☆

 

補佐的な役割をするタイ古式マッサージ

 タイ古式マッサージが病気や慢性的な疾患を治すことはありませんが、タイ古式を受ける方の治療の経過を見守り支えます。以前「腱鞘炎で鍼灸院に行かれた翌日にタイ古式を受けたら腱鞘炎が治った」とのご感想を頂きましたが、タイ古式本来の役割りが発揮された結果なのでしょう。タイ古式はお客様が目的や目標を達成するために行っていることをサポートしますので、治療やメンテナンスの合間の気晴らしやリラクゼーションとしてぜひご活用下さい。ただし、タイ古式自体に目標や目的を達成することを期待してしまうと、とたんに役に立たなくなり、ロム(風)は離れてしまいますので「受けたいタイミングで受けよう」くらいの気軽な感覚でご予約いただくと、今のこの時のちょうど好い絶妙な場所へとひょっこり着地させてくれます。よく「どれくらいの頻度やスパンで通うといいのですか?」というご質問を頂きますが「お好きな時に問い合わせてみて下さい」とお答えしています。

私自身も「期待しているけど期待しない感覚でお客様とのタイミングが合う時」にタイ古式をやっていますが「タイ古式はいい!!」というのが頭ではなく経験を経た感覚として腹部に入っているので、いつもその感覚(チャクラとバンタ)を働かせています。もし、セラピストとしての実力や器量を問われたり「結果」を求められてしまうと「責任や評価」を気にしてしまい、思考が働くタイ古式マッサージになってしまいますが、タイ古式は単純にロムを引き出しロムの流れについていくだけのシンプルな技法なので、私自身の力量はほとんど関係ありません。型も流れも自由ですしお客様と私との間にはロムがあるため、私の体調や意志や念やイメージがお客様に影響を与えるという懸念もなく安心かつ安全です。さらに「予約後のお客様のご様子」を気にすることもない(私のプレッシャーや責任をロムが担ってくれますし、その時間が終わるとその時のことは忘れてしまいます)ので、不安にとらわれず自由に好きなように私のタイ古式ができます。それくらい「大したことがない」ので気が楽です(笑)。気が楽だと自由でいられます☆白か黒かとはっきりさせなくてもいい時間や行いを生活に取り入れてみると「世間」という風に翻弄されることなく、社会人として会社や組織の中で「周囲に求められる自分、それに応えるべく頑張る自分」としてそこそこやっていけます。ロムはいつでもお客さまに寄り添い、お客様の「こう在りたい」という軸を支えています。なので「私、今~~しすぎかも」という時はぜひタイ古式を受けて下さい。「~~しすぎ」という状態から救い出してくれます。自分の考えや思いにとらわれず、執着や我欲に縛られない本来の自分へとかえしてもらえます。私事ではありますが最近エクササイズを始めました。以前より気になっていたDr.ストレッチに通っていて「あが~、あが~(痛い、痛い)」言いながら自分の身体に向き合っています。メンテナンスの間にタイ古式のご予約やレッスンで目的や目標に向かう自分をほどよくハズし「ちょうど好い今」を保っています。

不思議な魅力あふれるタイ古式マッサージをぜひお試し下さい☆

エレメンタル

ある方が「龍神天照大神と繋がっているというヒーラーがいても僕には視えないしわからないからそれは単に彼らが作り上げたエレメンタルにすぎないんだよね」という話をしていて「エレメンタルって何ですか?」とソッコーで質問。「この世の中は人の思い(想念)が作り出す世界」という論理を示す波動のようだが、よくわからない。でもその方の話を聞きながら、ふとこんなことを思った。

「もしかするとここで書くマニアックなタイ古式マッサージの話(センやニンやロム)も私が勝手に創造したことなのだろうか?」

でも、何もかも自由でルールのないタイ古式マッサージで唯一先生に「タイ古式マッサージではイメージは使いません」と言われ、私はそれを実践してきたつもりで、それができているからこそサティが降ってくる。なおかつサティはお客様と共有できる。けれどもタイ古式マッサージは必要な方にしか必要とされず、必要のない方には特に意味のある行いにはならない。

だからこそ

タイ古式は私にとって何なのか?

タイ古式はお客様にとって何なのか?

ということを毎回確かめたい。

確認しなければわからないところがタイ古式マッサージ最大の魅力で、やればやるほどどんどん面白くなり、時間はあっという間に過ぎてしまう。

「時間」という観点より日々を認識しなくなると、さまざまな気づきがある。

10年くらい前に神奈川より沖縄に来たナイチ嫁、ママ友達のSちゃんが「沖縄の母」と慕うサイキックヒーラー(確か宜野湾のどあんとかいう占いのお店だった)の女性にお会いした時「あんた今日1日を頭にイメージして、その通りの生活を過ごしているねぇ?」と聞かれ「いぇ、そんなこと考えたこともありません」と答えると「セラピストとかヒーラーとしてはまだまだだねぇ」と言われた。その女性はまるでネイティブアメリカンのような雰囲気だったが、先日エレメンタルの話をしてくれた男性もめちゃくちゃネイティブアメリカンが好きな人だ。

いや、待てよ。今現在単調な日々を過ごしているせいか、ほぼ間違いなく1日のスケジュール通りの生活をしている。先ほど述べたようにタイ古式マッサージでも予測や予感というテクニックを使っているがイメージではない。最初はイメージのように思えるが、タイ古式をやり続けていくとそれはイメージではなくなり、自分の予測した通りに風の動きや流れが把握できて、風の門が開くとサティが降ってくるようになる。

もし、エレメンタルが自分の世界を作り上げていくのなら楽しいことを考えよう。心配や不安は横に置いて「なんとかなる」とか「なんとか乗り越えていける自分」を信じて目の前にあることを頑張ろう。ワクワクするエレメンタルを創造して明日の活力にしよう!

タイ古式マッサージは日々のあれこれを横に置くためのワークで苦しみを抜いて喜びを与える「抜苦与楽」な2人ヨガ。仏教の思想が組み込まれたお釈迦様の慈悲の行い。そういうことを知っている師匠に出会い、私もお客様の中にある純粋なエネルギーや慈悲の心に触れているからタイ古式マッサージが好きなのだ。何事にも何物にも捕らわれず自由気ままで時にはしたたかな風の感覚が好き。風を追いかけていると私も自由になれる。時空を越えて過去も現在もそして未来まで駆け抜けていくような不思議な感覚。そしてそれはイメージではありません。

「信じるな、疑うな、確かめよ」というヨガの格言をぜひタイ古式でご体感下さい。

お知らせひとつ

今月からしばらくの間(おそらく6月あたりまで)、実家のことで様々な動きや変化がありそうです。その間、タイ古式の仕事はタイミングの合う時のみとなります。といっても、東京では月2~3回のタイ古式のスクーリングと週に数名様のご予約しかないので、特に問題はないのですケド(笑)。それにしてもタイ古式って不思議です。家族のことや他にやるべきことがある時は予約は入らず、それらがひと段落つく頃に電話が鳴り出します。昔からそうなので物事には優先順位や流れがあるのでしょう。う~ん、いよいよそうきたか(というのは独り言です)。ここで残念なお知らせがひとつあります。今月末と来月末、沖縄に一時帰省しますが、諸事情により春季のご予約はお受けできなくなりました。しかしながらレッスン半ばで離れてしまった沖縄のMさんとNさんペアのスクールはやりますので、もしこのブログを読んでいましたらご安心下さいね。

これも昔からですが、私のタイ古式のご予約はお電話かメールでの受付となっています。宣伝や広告は出していませんので、ご縁を頂く方はごく限られた皆さまです。情報発信もHPとブログのみです。これからもできる範囲でやれることをやっていきますので、よろしくお願いします。

本物のヒーラー、本物のセラピスト

先週は本物のヒーラーさんに出会い、そして今日はロムの存在を知っているタイ古式のセラピストさんとお話をする機会を頂いた。東京は凄い。本物や一流の方々を知るチャンスにあふれていて、本でしか読んだことのない情報を直接聞くことができたり、今後私が目指していく方向を示してもらえたりと、多くの学びがある。

本物は隠れていて表には出てこないため、めったに出会えない。でもロムを扱うタイ古式マッサージを続けてきたお陰でご縁を頂くことができた。タイ古式を通して出会う皆さまは「約束の人」と呼ばれ偶然かつ必然的に出会う方々。ここにきて改めて「今までやってきたことをこれからも続けていこう」と心に決めた。

タイ古式が私のやりたいことで、これから先のやるべきこと。なので私は必要な方に見つけてもらえるよう、待つことにした。待つのは苦ではない。でも、何も心配せずただゆだねるだけでは失敗する。「色々心配することはあるけど、そこそこ対処していけば大丈夫」ということを私は自分が経験したことを通してお客様にお伝えしている。

タイ古式を教えて下さったのはサマディの宮城先生だが、人生の深みを教えてくれるのは家族。タイ古式同様、自分の思う通りにはならないということをとことん突き付けてくる。私は夫や子供達そして母親とのやりとりで心底観念し、前向きに諦めて気持ちを切り替える術を学んだ。「なんでこんなにも思い通りにならないのだろう?」とグチったり嘆いたりしながらも、思い通りにならないことにだんだん慣れていき、やがて落ち込まなくなった。するとじわじわと気力が戻り、絶対に諦めない底力で、懸命に彼らが受け入れてくれそうな案を次々考える。でもそれは大変な労力を費やし、かなりのエネルギーを消耗する。特に母親はツワモノで彼女と私のバトルは絶対に終わらない。私はいつも負けたフリをしているが、常にタイミングとチャンスを狙っている。そんな自分が滑稽で面白い。

お客様に家族ネタを話しているうちにタイ古式はあっという間に終わってしまう。空想やファンタジーではなくリアルで身近な超現実を語る時間♪ だからこそタイ古式は面白いのかもしれない。