タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

タイ式ヨガ、ルーシーダットン

昨日は1人でできるタイ式ヨガ、ルーシーダットンのレッスンでした。と言っても、タイ古式マッサージ同様、テキストに型は載っていますがそれらは単に絵や写真というカタログで特に意味はなく、テキストと同じポーズをやってもやらなくてもどちらでいいので、レッスンと呼べるような内容ではないのですが、その意味のない型にエネルギーが乗っかると、思考で理解していた今までの価値観や概念を覆す瞬間(をサティと呼ぶのだと思います)がやってきて「え~こんなに面白くて気持ちのいいワーク初めて☆」と生徒さんに言われ、私も嬉しいです(#^.^#)

ルーシーダットンは「仙人や修行僧が瞑想を終えて凝り固まった身体をほぐすために行われてきた」という歴史的背景より、それ自体がエクササイズやワークにはなりません。ルーシーもタイ古式同様、何かの目的達成を目指す間のワンクッション、その目的を少し横に置いてリラックスするための気晴らしだと個人的には感じます。私の習ったタイ古式やルーシーダットンはメインではなくサブ的要素の強いものですが、エネルギーが宿る不思議な技法で「それが何なのかを知りたい!」という好奇心で私はタイ古式を始めました。でも、追求しようとすると技は逃げていきますので、その欲を持ちつつもある程度欲を諦めてしまうとその時にはもう既に自分のものになっている、という面白い技法です。欲を持ちすぎず適度に静止する感覚は、自分を取り巻くリアルな現実で物事を観察するチカラとなり、自分の人生がとても生きやすくなりました。「苦しみを苦しみとして捉えない」そんな哲学が頭ではなく身体で習得できるお釈迦様のマッサージです。漠然とした不安やちょっとした不安も頭の中に存在しているだけで、実際にクリアしなくてはならない問題があったとしても「何かしらの解決策があるから大丈夫」ということがタイ古式を受けるとわかるようになります。タイ古式で頭に上がったエネルギーを下に降ろし、思考や思いをスローダウンさせていくと、然るべき時が来るまで待てるようになります。タイ古式をやると信念と邪念が振り分けられ、何が信じるべきことで何が想念が作り出したフェイクかがわかるようになります。身体面では風が火、水、土と繋がり、自然治癒力が引き出されていくと症状改善がやってきます。本来自分の中に備わっている「自分らしさ」が内側から湧いて出てくるので自分で考え行動できるようになります。ってオイオイ本当かよ??と、、、書いていると不安になってくるので、それを確かめるために毎回タイ古式をやって不安を鎮めています。タイ古式は「信じるな、疑うな、確かめよ」というヨガの格言が入ったユニークな気晴らし又は世界一気持ちいいマッサージ(ヒマつぶし)です☆

話はまたルーシに戻しますが、タイ古式はお客様の身体のセンやロムに触れますが、ルーシーダットンでは自分の身体を使いセンやロムを理解します。レッスンではなぜストレッチがいらないのか?必要な圧とはどのような感覚なのか?腱や筋を伸ばすのではなくバンタを使ってセンを伸ばすとはどういうことか?等を解説し、実際にルーシーで自分の身体に触れることで適度な圧の加減を理解しそれがわかるようになるとセンを扱えるようになります。チャクラの役割や意味を理解した後は呼吸法で自分のバンタの使い方を練習します。チャクラがロックされた状態(のことをバンタと言います)とはどのような感覚なのか?を自分の中心軸(チャクラ)を使って習得します。呼吸法で自分の身体を緩めていく方法、ルーシーダットンで身体を緩めていく方法、最後にサードアイを使ってオーラを見ていく方法などを実践していきます。

チャクラとは何でどういう意味や役割がありどう使うのか?なぜ開きっぱなしではなくロックされた状態が好ましいのか?開きっぱなしとはどういう状態のことを言うのか?なぜタイ古式はサードアイの開花や宇宙と繋がることに重きを置かないのか?サードアイを使う感覚とはどういう感覚なのか?「仙人のポーズを取る」とはどういう状態のことを言うのか?どういうトレーニングを重ねれば気楽な自分でいられるようになるのか?タイ古式では「抜苦」という現象が起こるがどういうメカニズムなのか?等々これらすべては私が知りたかったことで、タイ古式をやる中で誰かや何かに教えてもらいました。いえ、もしかするとタイ古式の中に入っているさまざまな教えに自分で気づき学び取ったのかもしれません。

先生はよく「(生徒さんを)風の門の入口までは連れて行けるけど、その先を行くか行かないかはその人次第です」と言っていましたが、そーゆーことだったんですねぇ~。

つまり、自分の思いにエネルギーは乗ります!すべては自分次第。でも、現実世界は叶わない、実現できない、うまくいかないと感じることの方が多い、、、。しかしながら、自分の身に起こるすべてのこと(揺さぶりやお試し)は魂が成長を遂げるためのプロセスで、経験や気づきこそが与えらえるサティ(古代の叡智)でギフトなのです。それが理解できれば与えられるものを受け取り、与えられないものに関してはまた別の希望を持てばいい。一瞬落ち込んでしまっても別の視点よりその事を眺めてみると「すべては好い方向へと向かっていたんだ」というのが今(自分の足が地に着いている場所)より過去を振り返ればわかるハズです。

タイ古式マッサージは単なるマッサージではありません。私たちの生活に役に立つ、私たちの生活を支えてくれるお釈迦様のマッサージです。生きてること自体が苦行なのだから、時々自分から離れてそしてまた自分に戻っていくと心地いい気づきが沢山あるんですよ♪♪ そんなメッセージをお伝えしています!

地味でマイナーなタイ古式&タイ式ヨガですが、もし知りたいという方がいらっしゃればお伝えしますので、ご興味のある方は問い合わせて下さい。

 

ご報告

春休みに入ってしばらく経ちますが、私はまだ東京にいます。話せば長くなりますので割愛しますが、国立店は隣の建物(ジュネス国立)に移転しました!!

新店舗の情報はリニューアルしたホームページに載せる予定ですので少々お待ち下さい☆

話変わって、今年私のイヤーナンバーは「9」でさまざまなことが終わりを迎え、来年の新しい「1」の年に向けて不要になったものを手放す時期なのですが、ものすごーーくハードな断捨離をせざるを得ない流れになっております。でもしばらく何も決まらない時期が続き、先方との兼ね合いなどもあり、ブログでご報告しようもできない状態でした。というか、対応しなくてはならないことがいっぺんに襲ってきたため、急に忙しくなってしまい、頭の中もゴチャゴチャでブログを書くゆとりがありませんでした。そんな中、お客様よりご予約のお問い合わせをいただき、まだ決まっていないこともありますが、いったん現状をご報告しておかねば、と思いました。詳細が決まり次第、随時お知らせしますが、まずは重大なご報告をひとつ。ルナサンチ那覇天久店は建物オーナーチェンジのため、移転する運びとなりました。次回のご案内は8月の夏休みです。でもまだ移転先は決まっておりません。なお、1階の脱毛&ヘナサロンCream&Co(クリーム)、そばカフェゆったりあけもどろの営業は4月中旬までとなっております。

脱毛サロンはルナサンチ同様移転予定ですが、そば屋はいったん閉店いたします。

長い間のご愛顧、ありがとうございました。

ということで私は

①国立店の引っ越し、②長男の引っ越し、③沖縄のサロンの引っ越し、④実家の断捨離&整理、⑤自宅の引っ越しと、、、引っ越し三昧(サマディー)で異次元へとトランスしそうでしたが、①と②はほぼ終了し③と④は現在進行形で⑤は5月を予定しています。このような状態ですので、国立店での営業も5月末まではタイミングの合うお客様のみのご案内となり、通常営業は6月~となりますが、タイ古式のスクールやone day lesson の問い合わせは随時受付けておりますので、お気軽にご連絡下さい。

沖縄サロンは大変申し訳ないのですが、しばらくの間休業させていただきます。

以上、ご報告でした。

わかるようになるタイ古式マッサージ

気は人が作り出すことができるエネルギーでロム(風)は人が作り出すことができないエネルギー。気も風も人の中に備わっているエネルギーですが、気はトレーニングを積めば扱うことができるようです。でも、風のエネルギーは向こう側よりやってくるものなのでコントロールはできません。経験上、一般的なタイマッサージとナーブタッチを区別してそれぞれを別々の技法としてやることはできません。ロムに触れる感覚は独特で圧やスレッチで捉えるものではありません。圧のない軽いタッチだけのゆるくてふわりとした感じだとセンには触れているかもしれませんが、プラトゥーロムには近づけませんし、プラトゥーがどのような感覚なのかもわかりません。センやロムを頭でも感覚でも理解していないとナーブタッチとしてのタイ古式にはなりません。揺さぶりや曖昧さに負けず、根気強くわからないままタイ古式をやりながらわかるようになる日が来るのを待ちます。どんなに中途半端で頭にさまざまなことが浮かんできてもその時間をなんとかやり過ごしていく鍛錬を重ねていきます。すると他のことに関しても「必ずその時が来る」ということがわかるようになり、時間を気にしなくなり、時間に支配されなくなり「待つ」という行いが苦ではなくなります。さらにサティを見聞きするようになると、タイ古式やタイ古式をやる自分を信頼していけるようになります。もちろんお客様にも「タイ古式って不思議」とか「タイ古式って面白い」と感じていただけるようになります。そこまでいくとタイ古式マッサージは既に自分のものとなっていて、施術者と受け手の双方を手助けしてくれる慈悲の行い、古代ヨーガへと変化しています。そして「この技法を教えて欲しい」という方が現れた時、そのすべてを手渡します。その方が自分と同じような経験をしていく経過や過程を観察することで「真理は実際に存在している」ということがわかるようになります。技を手渡す相手は自分自身で自分と同じ経験を積んでいくもう一人の自分。なので惜しみなくすべてを手渡せますし、またそうすることによってすべてが自分へと還っていきます。

タイではよいことをするとその行いが自分に返ってくるという教えがあるそうで「タンブン」と呼ぶそうです。タンブンを貯めるといいことがあり、タイ古式をやったり受けたりするといいことがあるそうです。だから私はタイ古式をやっています☆そして実際にいいことが沢山あるので飽きることなく楽しくタイ古式マッサージを続けています。

ロムに触れるタイ古式マッサージ

タイ古式マッサージにはこれといった決まりがないため、上手いとか下手という概念が存在しません。でもタイ古式を習う時「タイ古式が上手になりたい!」という思いや何かしらの目的を持っています。例えば「お客様に喜ばれたり選ばれる技術を提供したい」とか。で、その思いの中には「私や私の技術を認めて欲しい」という承認欲求が多少なりとも含まれていたりする(それがいいとか悪いとかそういう話ではありません)のでしょうが、その思いでいざ実践していくと「私は上手いのか?それとも下手なのか?」という価値観を自分の中で勝手に生み出してしまいます。しかしながら、受講前に先生には

「ナーブタッチ(一般的なタイ古式と区別するためにナーブタッチという名称で呼ばれています)は自分の思う通りにはなりませんよ~~。もし、お客様に喜ばれ、期待に応えるメニューを出したいのであれば、ナーブタッチではない別のメソッドを学ばれた方がいいですよ~~」

と言われます。でも、知っているのですよ。「この技の中には何かがある」ということを。だからこそ「その何かが何なのか?」を知るためにタイ古式をやり始めるのですが、タイ古式は目的や目標を達成するための役には立たないため「何かの正体はわからないかもしれない」と思いつつも、引き続きタイ古式をやっていきます。やらなければ先へとは続いていきませんし、、、。すると、知りたいと思っていたことが別の何かへと変わっていき「私はタイ古式の中に何があると思っていたのだろう?」となり「まぁ、いいのかな」というくらいの気持ちで日々を過ごしていくようになります。真面目に「結果を残そう」という心持ちでタイ古式をやっても、終わる頃にはその気負いが排除された場所へとひょっこり着地しています。ということは、ぶっちゃけ技術もセラピストの人間力も必要ないわけです。そもそも上手いも下手もないのですから努力してもしなくてもどちらでもいいですし「決まりがない」ということは「どれが正解なのかがわからない」ため努力のしようがありません(笑)。なので習ったこと、覚えたことをただやればいいというか、やるしかないのです。余計なアレンジやよそで学んできた何かを加えず、地味にシンプルにひたすらその時間を越えていけば、そのうちに型を使ってセンがわかるようになり「このタイミング」という感覚でニンをとらえ、とらえたニンよりロムに触れることができるようになるのでしょう。ただし「いつそうなるのか?」を知りたくなる欲が生じますが、そこにこだわる欲をロムがごまかしたりはぐらかしてくれます。で、そうこうしているうちに「タイ古式の中にある何かとはロムのことなのね」と気がつくようになるのですが、ロムと親しくなる前に真面目な人は色々なことを思ったり考えたりまたは不確かで「こうだ!」という手ごたえのなさに価値が見いだせず、なんとなくフェードアウトしてしまいます。

「私の伝え方が悪いのかもしれない」と先生に相談してみても「タイ古式はそもそも手渡せるものではないですからねぇ~」で終わってしまうため、これもまた「自分なりの伝え方を模索していけばいいということなのだろう」という風にいったん受け止めておいて、別の解釈やら他の答えとやらが向こう側よりやってきた時はそれを受け取っていきます。

このように、色々ごちゃごちゃ考えたり思ったりしながら答えが見つからないままタイ古式をやり続けているうちに私の生き方は変化していきました。そしてロムが何かがわかりかけてきた今のこの時点では、、、

タイ古式でロムが発動すると人や自分との距離感を図ることができるようになりますし、思う通りにならない時や「これ、いつまで続くわけ?」という先の見通しがつかない時のどうしようもないイライラやジリジリといったやるせなさをトーンダウンさせてくれます。思う通りにいかないことに絶望せず期待せず前向きに諦めて次の展開を受け入れていくための柔軟性やコンディションを作ります。部屋の窓を開けて空気の入れ替えをすると気持ちがいいように、心と身体の風通しをよくするとカラダの力が抜けていきます。緊張が強い方ほどタイ古式を受けた後はダルくなったりマッタリしますが、その後3日以内には心身共に健やかになり、その爽やかさは「次、また受けたいな」という時まで持続します!

おやおや、タイ古式は大した行いではなかったのでは??

頭ではわかりません。言葉や文章でも伝わりません。タイ古式は参加すること、実践することで自分なりの真理を自分ではない人と共有しながら得ていく行い(ヨガ)です。でも単純にタイっぽく「いいことがあるというからタイ古式を受けよう」でイイと思います。私もタイ古式が好きだから、ロムの感覚が好きだからタイ古式をやっています。他のことは何も要らない。ロムに触れることができれば心も身体も物事もすべてちょうど好い方向へと向かっていきます!

な~んて何の根拠もありませんし、本当にそうなるかどうかもわかりませんが、期待しつつ期待をハズしつつ、ただただ好きで私がいいと思っている技法をこれからもやります。※ちょっと今は家族のことでお休みしていますが、それが終わったら再開します☆

 

補佐的な役割をするタイ古式マッサージ

 タイ古式マッサージが病気や慢性的な疾患を治すことはありませんが、タイ古式を受ける方の治療の経過を見守り支えます。以前「腱鞘炎で鍼灸院に行かれた翌日にタイ古式を受けたら腱鞘炎が治った」とのご感想を頂きましたが、タイ古式本来の役割りが発揮された結果なのでしょう。タイ古式はお客様が目的や目標を達成するために行っていることをサポートしますので、治療やメンテナンスの合間の気晴らしやリラクゼーションとしてぜひご活用下さい。ただし、タイ古式自体に目標や目的を達成することを期待してしまうと、とたんに役に立たなくなり、ロム(風)は離れてしまいますので「受けたいタイミングで受けよう」くらいの気軽な感覚でご予約いただくと、今のこの時のちょうど好い絶妙な場所へとひょっこり着地させてくれます。よく「どれくらいの頻度やスパンで通うといいのですか?」というご質問を頂きますが「お好きな時に問い合わせてみて下さい」とお答えしています。

私自身も「期待しているけど期待しない感覚でお客様とのタイミングが合う時」にタイ古式をやっていますが「タイ古式はいい!!」というのが頭ではなく経験を経た感覚として腹部に入っているので、いつもその感覚(チャクラとバンタ)を働かせています。もし、セラピストとしての実力や器量を問われたり「結果」を求められてしまうと「責任や評価」を気にしてしまい、思考が働くタイ古式マッサージになってしまいますが、タイ古式は単純にロムを引き出しロムの流れについていくだけのシンプルな技法なので、私自身の力量はほとんど関係ありません。型も流れも自由ですしお客様と私との間にはロムがあるため、私の体調や意志や念やイメージがお客様に影響を与えるという懸念もなく安心かつ安全です。さらに「予約後のお客様のご様子」を気にすることもない(私のプレッシャーや責任をロムが担ってくれますし、その時間が終わるとその時のことは忘れてしまいます)ので、不安にとらわれず自由に好きなように私のタイ古式ができます。それくらい「大したことがない」ので気が楽です(笑)。気が楽だと自由でいられます☆白か黒かとはっきりさせなくてもいい時間や行いを生活に取り入れてみると「世間」という風に翻弄されることなく、社会人として会社や組織の中で「周囲に求められる自分、それに応えるべく頑張る自分」としてそこそこやっていけます。ロムはいつでもお客さまに寄り添い、お客様の「こう在りたい」という軸を支えています。なので「私、今~~しすぎかも」という時はぜひタイ古式を受けて下さい。「~~しすぎ」という状態から救い出してくれます。自分の考えや思いにとらわれず、執着や我欲に縛られない本来の自分へとかえしてもらえます。私事ではありますが最近エクササイズを始めました。以前より気になっていたDr.ストレッチに通っていて「あが~、あが~(痛い、痛い)」言いながら自分の身体に向き合っています。メンテナンスの間にタイ古式のご予約やレッスンで目的や目標に向かう自分をほどよくハズし「ちょうど好い今」を保っています。

不思議な魅力あふれるタイ古式マッサージをぜひお試し下さい☆