タイ古式マッサージのマニアックな話

タイ古式マッサージとはこんなに奥が深いのです

人生を楽しんでますか?

占いのように非科学的で根拠のないものでも否定せず面白いな、と思える人は人生うまくいきます。何でも肯定できるよゆうがあった方が生きやすいです。

タイ古式で触れる風は関節や隙間に存在していて、身体のゆとりある部位から風は流れていきます。つまり、外の世界の物事をうまく循環させていくには心や身体の内側に余裕やゆとりを持たせてあげればいい。人生に修行やストイックさや苦行はいらないということをタイ古式は教えてくれます。気楽になるための怠け者のヨガです☆

当たっていますか?

タイ古式で私が感じ取ったお客様の心と身体の状態をお伝えした後、「どうでしょう?私の読みは当たってますか?」とお尋ねします。当たっているかどうかや正しいかそうでないかはお客様にしかわからないことですので確認は必須です。私の感じる波動とご本人の意思や感覚を重ね合わせていきながら、今後のことを紐解いていきます。なので私のセッションはお客様との共同作業です。ピンとこない時や疑いが生じてしまう場合は、残念ですが他のセッションの方がいい、ということなのかもしれません。ただ、びっくりするくらい外れるということはほとんどありませんので、どうぞ安心してご予約下さい。

自分を信じない練習

私はタイ古式で自分を信じない練習をしてきたのではないかと思うことがあります。タイ古式をやるようになってからは、他者からのアドバイスを素直に聞けるようになりましたし、柔軟に物事を受け入れて流せるようになりました。タイ古式で風に触れると自分の考えや思っていることは小さくて大したことではないと感じます。なので、自分を信じるというよりは、周りから信じてもらえるような自分になれた時、初めて「自分を信じてもいい」と思えるかもしれません。でも、私の習ったタイ古式は怪しいですから、私のことを疑っている人もいると思います。しかしながら、疑うことは真実に近づく第一歩です。なのでこれからも「本当にそれでいいんですかぁぁ??」と風と一緒にお客様に揺さぶりをかけていきます!余計な想念や執拗なこだわりを振り払いにかかります(笑)。

でも、今は今の心模様のままでいいんです。そういう時もあります。けれども苦しみや悲しみを背負いつつも喜びや笑顔も忘れずに「明日は明日の風が吹く」を信じてタイ古式をやっていきます。いつまでも好奇心と遊び心を持ち続けていられる大人でいたいという私の思いに風もタイ古式も大いに応えてくれます。私の思いを吹き飛ばしたかと思えばまた近づいてきたりして、本当につかみどころがなくて自由で勝手気ままでだからこそ永遠の憧れであり、そうなりたくてもなれないから近づきたくなります。押したり引いたり、つかず離れず、近からず遠からずな距離の感覚が身につけば、答えは自分の中にあるのでなく、自分の外にもある、ということに気がつきます。

タイ古式マッサージって本当にマニアックで面白い技法です!

最古のタイ古式マッサージ

タイ古式はお客様のそのままの状態に寄り添います。タイ古式を受けても現状が大きく変わることはありませんが、自然治癒力の範囲内での変化や効果は期待できると思います。ただし、お客様のご要望に沿った変化や効果をもたらしてくれるかどうかはやってみなければわかりません。私がお客様のご期待に応えようと自分の思いや念を込めながらタイ古式をやったとしても、効果はありません。私とお客様の間には常に自然の風が吹いて、私もお客様もその風をコントロールすることはできません。だからこそ安心で安全でその作用が双方の負担や責任を軽くしてくれます。

「流れに身を任せてみると何かいいことがあるんだって♪」

「頭」でそう受け取った後は「身体」で感じてみて下さい。そうすれば「感情」に近づくことができます。「何かを感じよう」や「感じなくては」と「思考」でタイ古式を受け取ろうとしない方が自然がもたらす効果に遭遇します。

タイ古式は結果や効果が出るかどうかもわからない、セラピーともリラクゼーションとも取りにくい、その定義も曖昧ではっきりしないものですが、良さがわかる人にはわかりますし、ハマる方はハマりますが、性質上、依存性はありません。つかず離れずな絶妙な距離感が自分自身の思考や感情そして身体との付き合い方を教えてくれます。

タイ古式マッサージの中で唯一「風」を扱う最古の伝統技法です。

ぜひお試し下さい☆

時間の概念

言葉だけで何かを伝えたり受け取るのは不十分、または難しいなと感じることがあります。言葉では表現できないニュアンスもありますし、翻訳も解釈が微妙に違ってきたり、訳ができない場合もあります。その時の体調や気分によっては言葉の発し方や受け取り方も違ってきます。という感じで、言葉は時々誤解を招くこともありますが、感覚はもっと本質的というか、不純物や不必要なものが加わらない純粋なエネルギーとして手渡すことも受け取ることもできます。タイ古式には言葉はいりません。おしゃべりやよもやま話がなくても時間を過ごすことができます。ただし、型だけやると退屈(私のタイ古式は型が少ないのが特徴)ですし、センだけでも「あと何分」という時間の経過を感じます。でも型やセンの中の風に出会い、風に触れると時間の概念が吹っ飛びます。30分経ったのか1時間30分が経過したのか、どちらかがわからくなる時もあります。私にとって90分のタイ古式は「30分」の感覚です。本当にあっという間に時が過ぎていくので飽きませんし毎回面白いです。

売上と集客その⑤

店舗を借りて本格営業を始めた年は「好きなことを仕事にしたい!」と必死でした。好きなことで収入を得るために、試行錯誤しながらさまざまなことにトライしました。でも、どんなに手技を学びメニューを増やしてみても、いつまでたっても何かが足りなくて、その「足りない何か」が埋まることはなく、悶々としていた時にタイ古式マッサージに出会いました。でも残念なことに「これいいかも☆」を見つけた喜びと好奇心はどんどん不安や懸念へと変化し、自信もコレと言った信念もなくたとえ信念を持ったとしても、それがどんどん打ちのめされていく中で「好きなことで収入を得る」ということをいったん諦めました。「今いただいているご予約が私の実力で現実」ということに納得し、受け入れていくと再び「好きなこと」と「収入を得ること」がどんどん近づいてきてひとつに融合しました。この経験はタイ古式で体感そして習得できる慈悲喜捨の「捨」です。「捨」は観念。観念とはあきらめて状況を受け入れることです。自分の理想を捨てて現実へとシフトしていけば、今度は自分の思いや望みが向こう側よりやってきます。自分の内側にある望みや願いをかなえていくのではなく、自分の外側から望みや願いが叶えられていきます。手技で言うと押して引く。シンプルですが身体に広がるセンというエネルギーラインより相反する2つのアプローチを繰り返していくと、思考と感情と身体がひとつになり、ちょうど好い場所へと着地します。

私はこれからも現状満足、現状維持を目指します。でも、もし別の流れが来たら、その流れを受け入れていけるようになりたい。風に乗ってきっと今よりもっと柔軟にやっていける気がします。

「風のように自由に気ままに流れるままに」

私の理想で憧れです。でも、完全ではないそこそこやほどほどの世界、理想に限りなく近い「今」が自分の立ち位置で、私のちょうど好い場所です。

タイ古式と占い

スピリチュアルや霊感などに興味を持っていた時期もありましたが、過度に興味を持つとおかしな方向へと行く、と最近は思うようになりました。知りたくても結局わからないことはわからないままだし「視える、聞こえる、感じる」も自分の想像や妄想の産物ということもあるでしょう。なので、占いもタイ古式も霊感など働かない方がちょうどいい。受けても受けなくてもどちらでもいいような曖昧さは自由そのものだし、風のつかみどころがなくコントロールできないところがいかにも自然っぽい。そこらへんがタイ古式の魅力です♪

相変わらずそれがなぜかはわかりませんが、タイ古式は症状改善に抜群に効果を発揮します。占いも時々ものすごく当たります。でも次受けてみるとそうでもなく前回の方がよかった、なんてことももちろんあります。そもそもタイ古式は過度な期待や欲や煩悩や執着をトーンダウンさせるための技術で、「ちょうど好い加減」や適当(ふさわしい、かなっているの意)へと変換してくれますので「受けるといいことが起こる♪」と個人的には思っていますが、実際にやってみなければわかりません(笑)